びーの独り言

どこいくの?どっか。

2011/02/12(土)「旅行2」

 昨日に引き続き無計画なままスタートした。春日井―名古屋―桑名・・・西桑名―阿下喜―西桑名・・・桑名―富田―西藤原―富田―四日市―伊勢中川―鶴橋―大阪―三ノ宮―西宮。
 JR名古屋駅のホームできしめんを食べた。鰹節が効いてて美味しかった。もしかすると前に食べたことがあるかも。ここのきしめんは美味しいと評判である。また、おでんやビールが安いので、サラリーマンが一杯ひっかけていくらしい。
 名古屋からの近鉄は初めて。以前関西本線に乗ったときにはやたらと距離が近かったので驚いた覚えがある。ここの区間は断然近鉄が強いらしい。急行に乗ったが、揺れも少なくスピード感があってなかなか快適だった。やはりJRが接近していた。無駄に競合していると思った。
 桑名で降りて三岐鉄道北勢線の起点の西桑名まで歩いた、と言っても300mほど。ホームを見て衝撃を受けた。ショボイ、これは期待できるw。北勢線は元は近鉄だったが、経営が思わしくないために三岐鉄道に譲渡された。北勢線ナローゲージを使っていた。ナローゲージは昔の軽便鉄道の名残でとても珍しい。ロングシートに座って足を伸ばせば向かいに届きそうだった。線路は路地裏のようなところを走っていった。ゆれも大きく、線形は悪く、速度は遅かった。郊外区間に出て、周りは田んぼが増えてきてもぐねぐねしていた。なぜこんなぐねぐねしてるのかと思うくらい酷かった。それなのに、電化されており、無人駅にも自動改札が整備されていた。途中で踏み切りを過ぎたところで大きな縦ゆれがあり、電車が緊急停止した。置石があったようだ。鳥かなんかが置いたのだろうか?ワンマン運転の運転士は若い女性だったのだが、冷静に判断していて見事だった。終点阿下喜ではフリーチケットでは自動改札は通れなかったので、インターホンを通じてゲートを開けてもらった。なんという管理なのか。
 富田からは三岐鉄道三岐線だった。三岐鉄道は元々こちらが本線だった。三岐鉄道は積極的に線形改良工事などを行ったり、パークアンドライドを推進したり、とても好感の持てる会社である。北勢線を引き継ぐと聞いたときは驚いた。三岐線北勢線とは員弁川を挟んでほぼ平行しており、ライバル同士だったからだ。三岐線北勢線よりも客は少ないのだが、車両は立派だった、というか北勢線がショボイのだがw。乗る前からいろいろと期待してたのだが、印象はいたって普通だった。途中で私鉄では珍しいことに貨物列車とすれ違った。三岐線は主にセメント輸送で成り立っている路線なのである。東藤原駅に迫力のあるセメント工場があり、そこから貨物列車が発着していた。その先の終点西藤原は何もないところだった。
 富田駅から四日市に移動して、近鉄特急に乗った。伊勢中川で二階建てのビスタカーに乗り換えた。伊勢中川から鶴橋までは2回ほど乗ったことのある区間だが、大昔なので覚えてなかった。大阪人が三重に行くときは必ず近鉄と決まっている。榊原温泉口を過ぎると山の中になった。私鉄でこんなに山の中になるのは珍しい。ここには私鉄最長の5000mを越えるトンネルがある。それを抜けると雪景色になった。1月最初に出張で来た大和八木を過ぎると寝てしまった。いつも間にか鶴橋に着いていた。
 1830三宮で大学友人FとUと待ち合わせた。いつもの飲み。そして、ガールズバー。「もえもえ学園」が一杯だったから、隣の系列店へ。1時間4000円は高かった。遊びすぎだな。感度が鈍ってる。西北のネカフェ。