朝が旅行のサイクルになっていて5時過ぎにしか起きられなかったり。
もう朝から鬼丸のことしか考えてなかった。
溜まってた仕事はだんだん片付いてきた。
稲毛海岸「鬼丸」。3度目の正直。久しぶりだからうまかった。
歩いて帰った。
2026/08/19(水)「歯医者」
中抜けして歯医者に行った。左下の奥から2番目のところの歯茎が少なくとも3年前くらいから腫れていた。レントゲンを撮ったところ膿は溜まってなくて原因は不明だった。もし、金属を外して歯が割れていたら抜くしかなくなるとのことで、そのまま保存することにした。
鬼丸に行こうとしたら、途中でイヤな予感がした。もしかして、今日も閉まってるのではないか?そして、閉まっていたorz。仕方がないので餃子の王将。いつもよりうまく感じられた。
歩いて帰った。
2026/08/18(火)「出社」
旅行から帰ってきた週はいつも山場である。今日も5時間くらいしか寝てなかった。どうやって帰ってきたのか記憶が薄かった。
旅行後半から仕事のことが頭をよぎっていたので、入りはいつもよりスムーズだった。仕事をしてれば、休みが欲しくてたまらないのに、旅行してると段々と仕事がしたくなる。そして、頭が痛くなると思ったが、不思議なことにそんなことはなかった。寝不足もまったく気にならなかった。
休んでる間に今日に打ち合わせが2つ入れられていた。気持ちの準備ができてなくて辛かった。
GWの時は連休前に重い仕事が立て続けに送りつけられてきた。今日もまた2件ほど着信していた。余裕で後回しにした。
稲毛海岸「鬼丸」に行こうとしたら寝過ごして蘇我。折り返して「鬼丸」に行くと無慈悲な休みorz。「なか卯」でマグロ丼を試そうとしたら、終了orz。仕方ないから丸亀製麺。
2026/08/17(月)年休「吉里吉里」
八戸行きのシルバーティアラ。起床は610。二度寝できなかった。朝食。電波がとんでないので、昨日のブログの修正はてまきなかった。710、車に戻った。髭剃り、昨日のブログを修正しようと思ったらここでも電波が飛んでなかった。
755、出発。三陸沿いを観光しながら帰ることにした。八戸南ICから三陸道、山田IC下車。山田で降りたのは、JR山田線の山田とはどんな所か気になったから。ICで降りると、草むらと巨大堤防。ここも津波に襲われたのかと思った。1010、道の駅やまだおいすた。トイレ。蒸し牡蠣の丼があったが、開店まで45分待たねばならなかったので泣く泣くスルー。先を進みながら牡蠣も探すことにした。
1040、吉里吉里海岸海水浴場。吉里吉里は中学校の時に井上ひさし「吉里吉里人」を読んでから気になっていた。名前にインパクトがあった。それにミニ独立国ブームで実際に吉里吉里国もできた。白い砂浜の海水浴場にはそこそこ人がいた。キリキリとはアイヌ語で白い砂浜の意味だった。後ろにはすぐに巨大堤防があった。不自然な景色ではあるが、津波に対応するには仕方がなかった。
1040、NPO法人吉里吉里国。別に独立国の吉里吉里国とは関係がなく、東日本大震災からの復興を支援する団体の名前だった。インタビュー記事によると、このNPO法人を創設した人は林業の出身で、薪割りをしてその薪を売ることで元気を与えたいということだった。
1050、再び吉里吉里海岸海水浴場。今流行の「KIRIKIRI」のモニュメントがあったので写真を撮った。
11時、三陸鉄道吉里吉里駅。高台にホームと真新しい待合室があった。駅名標は三陸鉄道のものだった。ここがJR山田線の時代に2回くらい通っていた。その時、JR東日本の駅名標を目に焼き付けたものだった。降りたわけではないので、写真を撮ってなかったことが残念だった。記録って大切だなあ。
大槌で牡蠣を探したが、それどころかよさそうな店自体がなかった。津波の影響は大きくて町は立ち直れていないと感じた。1120、三陸鉄道大槌駅。大槌駅前に屋台村があると知って来たのだが、まったく盛り上がってなくてスルーした。
釜石に移動した。大きな町だからどこかで食べられるだろう。1150、apollostation釜石SS。
1205、和香。釜石駅前のサン・フィッシュ釜石2階。牡蠣を食べたかったが、なかった。当たり前か。メニューは今回たくさん食べたサーモン、イクラ、マグロばっかりだった。もう飽きたので食べてないものを頼むことにした。釜石はまゆりサクラマスと釜石産ひらめの漬け丼。1300円。うまかった。本場こそ高いものを頼むのではなく安い物を頼むべきだった。レジの時になぜ釜石がサクラマスか聞いたら4年前から養殖しているとのこと。
1255、出発。早目に千葉に近づくことにした。千葉豪雨の影響も心配だった。釜石中央から三陸道、宇都宮で晩飯を食べたいので、仙台南部道路から東北道。1555、国見SA、トイレ、宇都宮の中華トントンは定休日だったorz。東北道にした意味がなかった。1000円分だけ給油。1640、安達太良SA。眠いので休憩。たい焼きを買った。1705、出発。よりによって18km渋滞してたので矢板北SICで下車。下道で宇都宮へ向かった。
19時、へんこつ宇都宮竹林店。私がファミレスに一人で通うようになった店。25年くらい前に宇都宮から離れてから潰れたと思ったけど、チェーン店であり近くに復活していた。店構えもメニューもまったく記憶にないものだった。海老天鍋焼きうどんとご飯を注文。1850円。コスパはさっぱりだった。これも時代か?
1940、出発。apollostation新庄錦ガーデンSS。鹿沼ICから東北道、外環、東関道で湾岸習志野IC下車。国道357号線の脇に3台ほど車が停まっていた。豪雨の影響だろうか?寮の地下に潜る立体駐車場は普通に動いた。よかった。
完全帰宅は2225だった。予定より2時間遅かった。常磐道にすべきだった。長丁場ではあまり寄り道しない方がいいな。単純に体力が落ちただけなのかもしれないが。
今回の旅行はこれで最後と思いつつも、もともとやりたいこともなく取りこぼしを拾うような旅行だった。エスコンフィールド、狩勝峠、タウシュベツまではよかったが、その後はgdgdだった。特に昨年釧路で殖民軌道の本を買ったにも関わらず読んでなかったのは痛恨のミスだった。また札幌と小樽では全然時間が足りなかった。見積もりが甘過ぎた。来年のネタを残したとも言えるが、これで最後ならそれはそれでいいような気もする。
2026/08/16(日)「小樽」
道の駅あかいがわ。さすがに静かだった。そして、少し寒かった。寒いのは標高が高かったのかもしれない。夜中に思いっきり右足のふくらはぎが攣った。
540、起床。髭剃り、昨日のブログの修正。
625、出発。今日で北海道は最後だった。2359の苫小牧のフェリーに乗る予定だった。それまでは小樽を回る予定だった。
7時、毛無山展望所。小樽の町が一望できた。よく晴れていて清々しい天気だった。
710、セイコーマート望洋台。おにぎり明太子&マヨ。
7時半、出発。小樽の町に入って駐車場を探した。土日祝は最大料金が設定されていない所がほとんどだった。そうでないところも最大1300円であり、しかも満車だった。苦戦しそうだった。そこに800円の駐車場が!しかも、ガラガラ。マジ?745、パラカ小樽市色内第2駐車場。車をデポした。どこかに小さい字でお盆は除くとか書いてないよな?
750、小樽運河。澁澤倉庫でわかった。2008/6/1以来3回目くらい。
8時、これから手宮線を歩くので車に戻って靴を履き替えた。右足のふくらはぎが痛かった。陽射しが強くて暑かった。歩くには悪条件が揃っていた。
8時、日銀通りを北上。この辺は北のウォール街と呼ばれていた。旧北海道拓殖銀行小樽支店。旧第一銀行小樽支店。旧日本銀行小樽支店、旧三井物産小樽支店。どれも重厚な石造り。窓は細長かった。角が丸いのもあった。これらすべてに付き合ってたら大変なことになりそう。
810、手宮線。1880年日本で3番目の鉄道として北海道としては初めての鉄道として手宮と幌内の間が開通した。小樽から手宮までの手宮側約1.6kmが遊歩道として整備されていた。一部を見たことはあり、長年全体を歩いて見たかった。
まずは小樽駅の方に歩いた。路盤にはレールが敷かれていて、複線用地の片側が歩道になっていた。100mくらいで行き止まりになった。方向転換し手宮駅の方に歩いた。
820、色内駅跡。1985年廃止。1962年旅客営業廃止。ホームとコンクリート製の屋根があった。
845、手宮駅跡(旅客専用)。説明板で知ったのだが、手宮駅の貨物駅よりも手前にあったようだ。直後にレールは分岐した。
855、旧日本郵船株式会社小樽支店に寄り道。重要文化財。手宮線は今は日本郵船の裏を通っているが、開通当時は日本郵船の前を通っていたらしい。
910、小樽市総合博物館。手宮駅跡(貨物)。まず転車台が目についた。これだけでも素晴らしいが、その奥ではレールは扇状に広がり、たくさんの車両があった。まるで三笠のようだった。
まだ開館前だった。暑かったので自販機まで水を買いに行った。小樽駅に向かうバスをチェックすると、1時間に1本であまり期待できなさそうだった。
9時半、小樽市総合博物館。4館共通入場券は600円だった。車両は三笠よりも多いかも?外は暑かったけど、写真を撮りまくった。
転車台と扇形機関庫が2つ出てきた。これは驚いた。機関車庫一号、機関車庫三号。機関庫一号は再現。機関庫三号は重要文化財だった。機関庫一号の中にはSLがいた。ナンバーは「3」。アイアンホース号。義経号や弁慶号と同じく初期にアメリカから輸入したものだった。しかも、蒸気の音。煙が出ていた。
1010、館内に入った。館内にはピカピカのSL「30」がいた。しずか号だった。展示は貴重な物ばかりだった。もしかすると、三笠よりもこっちの方がメインだったのかもしれない?
11時、機関庫からアイアンホース号が出てきた。それは見れなかったが、転車台で回されているところから駅に入線するまでを見ることができた。
1115、SL体験の列に並んだ。たくさんの家族連れが並んでいた。とにかく暑かった。説明のおじさんは元気でハキハキしていた。3両目の屋根のないトロッコに乗った。
11時半、出発。3分で駅についた。本当ならバック運転で往復するけど、片道だけで下車した。
蒸気機関車資料館に行った。もの凄い量の部品や道具が並んでいた。傍らでラジコンの練習をやっていた。本格的で1人1人がテーブルを構えていた。そして運転はめっさうまかった。
12時半、小樽市手宮洞窟保存館。共通入場券。1600年前の陰刻画があった。文字ではないかと騒がれたが、今のところは絵に落ち着いている。
13時、シロクマ食堂。9席カウンターのみのお店。1席だけ空いていた。口コミを見るとすべておいしいらしい。カニミソクリームスパゲティ。醤油で味変、最後はパンにソース。おいしくて流れも完璧。皿を舐めたいくらい素晴らしかった。また来よう。
1340、旧日本郵船株式会社小樽支店。共通入場券。佐立七次郎の設計。佐立七次郎はジョサイア・コンドルの弟子だった。最近、ジョサイア・コンドル関連が多い。
運河沿いには石造りの倉庫が並んでいた。これらは木骨に軟石を貼り付けたものだった。火災の多かった小樽の知恵だった。キリがないので全部のチェックはしなかった。
14時半、小樽市総合博物館運河館。共通入場券。説明は観光客を意識してか簡単だった。こちらももう足が棒だし暑さで疲れていた。
15時、足が棒で暑さも辛かったので観光は打ち切って車に戻った。時間が余ったので気になっていたオタモイに向かうことにした。
1520、ローソン小樽オタモイ1丁目店。ガリガリ君。この先一車線の狭い道となった。ネットには「運転に自信のない人は行かない方がいい」となっていた。強烈なくだり坂とくねくね道で、アスファルトにでっかい穴は空いてるし、離合可能な場所も少なかった。降りきったところでかなり広い広場となった。
15時半、説明看板「オタモイ遊園地と竜宮閣」、YouTube「Steal on Hayabusa in Hokkaido」で知った。切り立った崖にオタモイ遊園地と竜宮閣の跡がわずかに見えた。海抜40mの切り立った崖に3階建ての建物を作った。写真で見るとクレージーとしか言いようのない場所に建てた。最後は火災で燃えた。1936-1952。
ダート道の途中に広場があった。そこから歩いて自然道へ。1550、オタモイ唐門。竜宮閣の入口にあった物を移築した。なぜ竜宮城をモチーフにしたのか?
このまま帰るのはつまらないので余市の柿崎商店に行くことにした。1620、モダ石油余市店。モダに入るのは初めて。モダは激安の看板を掲げているが、それは会員だけの話だった。ここでやっとドロドロの車を洗うことができた。1100円。きれいな仕上がりではなかったけど、機械洗いではこんなもんかもしれない。
1645、柿崎商店。2023/8/16以来いっぱい。5組くらい並んでいた。中トロ丼2650円。酢飯に変更は+50円。ここのコスパは素晴らしかった。最後の締めにふさわしかった。ぼったくりを見極めるためにも先にここに来るべきだったかもしれない。
1740、出発。苫小牧に移動することにした。余市ICから後志道、道央道の苫小牧東IC下車。
1910、セブンイレブン苫小牧明野北通り店。朝食とガリガリ君。
19時半、なごみの湯。2025/8/17以来3年連続3回目。1100円。
2110、ENEOSウイング苫小牧TS。明日の準備。
2125、苫小牧西港フェリーターミナル。虫取りをした。汚い。でも、北海道は仕方ない。フェリーターミナルで発券しようとしたら、15人くらい並んでいた。車に戻って船に持ち込む荷物をまとめた。フェリーターミナルに戻り歯を磨いた。車に戻り一旦駐車場を出てすぐに戻った。23時過ぎ、並ぶ。2335頃、入船。個室の場所が全然わからなかった。
今日はおたる水族館にも行きたかったが、全然時間が足りなかった。もし、来年も北海道に来るなら札幌と小樽は入れなきゃいけないなあ。
2026/08/15(土)「札幌」
道の駅マオイの丘公園。だらだら寝た。起床は520。髭剃り、虫取り、外で昨日のブログの修正。空気がひんやりして気持ちよかった。この道の駅は空いてていいなあ。
615、セイコーマートかわみなみ店。おにぎりベーコンおかか。
635、出発。札幌に向かった。札幌市内の観光は車で回るのは大変そうなのと、いつか電車で来た時のために敬遠していたが、そろそろ行くとこもなくなってきたのでアリだと思った。
720、札幌市交通資料館。はこくろさんのブログで知った。施設は地下鉄の自衛隊前駅に隣接しており、地下鉄の高架の下にあった。さすがに早朝なので閉まっていたが、外から柵越しに車両を見ることができた。
740、セブンイレブン札幌自衛隊駅前店。トイレ、ガリガリ君。施設の開館まで時間潰し。私は待つのが若手だ。待つくらいならどこかに行く。でも、今日は札幌市内を動き回る必要はないと思った。
13日夜に起きた千葉豪雨のことを調べてみた。知ってる所が結構水没してた。寮の地下は水没したかもなあ。そしたら、トランクルームに置いていた物はダメになってるかも?考えても仕方ないことだけどね。
835、三井のリパーク札幌澄川3条6丁目。24時間600円。今日はここに車をデポして動くことにした。
9時、セブンイレブン札幌自衛隊駅前店。トイレ、水を買った。
9時半、札幌市交通資料館。馬車鉄道、路面電車、地下鉄の歩みを説明していた。屋外展示の車両たちがメインだった。キッズが多かった。
10時半、撤収。一旦車に戻ってモバイルバッテリーを取りに行った。
1040、札幌市交通局南北線自衛隊前駅。一日乗車券のドニチカ切符を買った。520円。麻布行きに乗車。電車は乗っているだけでいいのでラクだった。
すすきので下車して二条市場へ。後輩Mにいくらを買ってきて欲しいと頼まれていた。別途狙っていた札幌ナンバーワンのスープカレーの店があったが、50人くらい並んでいたのでパスした。
1105、札幌二条市場大磯2号店。軽く行列してたからエントリーしたが、外国人しか並んでない(汗)。典型的なダメな観光客になることにしたw。3色丼は、うに、いくら、たらば。ご飯大盛、蟹汁濃厚に変更。5380円。ご飯が酢飯でなくて、まったくおいしくなかった。大ハズレだった。二度と札幌で海鮮は食べないと思った。
帰りにイクラを探したが、日持ちしないということなので断念した。
12時、さっぽろテレビ塔。2008/5/31以来2回目。展望台90mは1200円。大通りが一望できた。滞在時間わずか10分。
12時半、札幌市時計台(旧札幌農学校演舞場)。350円。やすをとの北海道旅行以来だから28年ぶりか?日本三大ガッカリスポットの一つで、前回はガッカリした。今回は別に何とも思わなかった。「めぞん一刻」を思い出すのは私だけだろうか?展示は面白かった。曳家してたのね?
13時半、北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)。いつも外から立派な建物だと思っていたが、中に入れることを知らなかった。300円。北海道全般の展示があった。北方領土や樺太の説明もあった。
1525、セイコーマートつぼた。ガリガリ君。
15時半、北海道大学。1535、ウィリアム・S・クラーク像。おそらく28年ぶりだが、もしかすると、2008/6/1にMBS氏と走った際に見かけたかもしれない?
1545、北海道大学総合博物館。ここに来たかったが、もうあまり時間がなかったり。次回のために下見と割り切った。昔の大学の造り、アカデミックな雰囲気を感じられて懐かしい気持ちになった。もう卒業から30年経つんだよなあ。足は痛いけど、食い入るように見た。リベラルの学風に惹かれた。
夕食は札幌名物スープカレーにしたかった。スープカレーは蘇我で1回食べたことがあるくらいだった。北大から近いところを探したが、店の前まで来るとタイとかパキスタンの店だった。そういうのを探してるのではない。
1720、ピカンティ本店。店構えはアジア系だったが、意を決して飛び込むと店員は日本人で落ち着いた。冷房が入ってなくて暑かったのは、よくなかった。注文は独特だった。スープは38億年の風(濃い系)、具材はピカスペシャル、ご飯大盛、辛さは知覚の扉(中くらいの辛さ)。味は薬膳ぽくて複雑に入り組んでいる割にはさっぱりしていた。まるで以前に食べたネパールカレーみたいだった。暑さも忘れていた。めっさ腹いっぱいになった。
地下鉄南北線で北12条からすすきのまで移動。
1850、札幌市電すすきの停留所。一度JRと私鉄完乗していたが、その後に新規開業したところは未乗になっていた。すすきのから西4丁目は2015年に終点どうしを繋いで環状運転としていた。後払い方式で230円。わずか2駅、400m。線路は道の真ん中を通るのではなく、上下線ともに道の端っこを通っていた。以前の終端部がどうなっていたかを思い出そうにも無理だった。路面電車は繁華街の中で信号で引っかかりまくって7分かかった。歩いても変わらなかった。
1950、湯の郷絢ほのか。1600円。高い!お盆料金はなんか腹立つ。別にタオルなんか無理矢理貸してくれなくていいよ。さらに2000円出せば泊まれるようだった。迷ったけど、見送った。
2035、出発。少しでも小樽に近づきたかった。大谷地ICから道央道て朝里ICまで。そこからひたすら暗い山道。眠くて眠くて仕方がなかった。数%に泊まればよかった。
22時、道の駅あかいがわ。山奥なので静かだった。静かだけど、また泊まるかと言われればNOだなあ。
今日は札幌を回った。まだまだ札幌で回らなければいけない所が多いと思った。あと結構、外国人がいた。さすが札幌というところか。
2026/08/14(金)年休「開拓」
道の駅しんしのつ。12時前にに隣の車で出入りがありドアの音と話声で起こされた。朝方寒くて右の鼻が詰まっていた。会社の悪夢を見た。寝過ぎだろうか?起床は4時半。昨日のブログの修正。髭剃り、虫取り。
525、出発。上幌向駅のセイコーマートはホットシェフではなかった。作戦会議。6時、セイコーマート岩見沢7条西20丁目店。作戦会議。どこに行くかまとまらなかった。
625、出発。炭鉱路線を制覇すべく三井鉱山奈井江専用鉄道を探索することにした。1968年廃止。「歩鉄の達人」を参考にした。奈井江に向かった。
奈井江駅から道央道の奈井江砂川ICを越えて山の方に進んだ。路盤はまったくわからなかった。725、春日橋というところでガーター橋が現れた。もっと先に進んでいくと、未舗装の横道が出てきた。横道に入っていくと、いろんな分岐があったが、すべて行き止まりとなった。目当ての物件はないのかと思ったところ、帰りに森の中に見つけた。745、4連のガーター橋。大きな物件だったけど、森の中にありあまり目立たなかった。
三菱鉱業茶志内炭鉱鉄道は「歩鉄の達人」によれば、何もなさそうなのでスルーした。
8時半、函館線南美唄支線南美唄駅跡。1973年廃止。Wikipediaでたどり着いた。南美唄福祉会館になっていた。念のため「花*Hana廃線チャンネル」で確認した。
9時、美唄市郷土史料館。「全国鉄道地図帳」に記載があった。展示はとても充実していた。北海道の施設はとても展示が充実しているような気がする。歴史を後世に伝えていきたいという強い意志を感じる。または歴史が浅いから詳しくならざるえないのか?三菱鉱業美唄鉄道の資料があった。地元の資料館には何かしら鉄道の展示もある。
北海道開拓の村を狙った。2023/8/18に隣接する北海道博物館には行ったが、北海道開拓の村には行けてなかった。940、ホクレン美唄セルフSS。美唄ICから江別西IC下車。
1040、北海道開拓の村。入口の建物がやたら立派だと思ったら2代目札幌停車場だった。北海道博物館との共通入場券は1400円。ここには開拓時代の建物がたくさん移築や再現されていた。思ってた以上の何倍も規模が大きくて大変な所に来てしまったと思った。最初に目を惹いたのは馬車鉄道だった。意外とスピードは早かった。馬車鉄道のことを侮っていたが、これはアリだと思った。
旧浦河支庁庁舎。旧来正旅館。いずれも中に何かしらの展示があった。これは時間がかかるなあ。
旧近藤染舗、案内のおばちゃんと話した。旭川の21世紀の森というところに車中泊する人が集まってコミュニティができているそう。これは初めて聞いた。このおばちゃんは友達ができるから楽しいと言った。私も以前はとほ宿でそういう交流があったけど、旅の思い出がとほ宿だらけになるので距離を置いている。でも、北海道を行き尽くしたら最後は人情になるんかもしれないなあ。旅のスタイルは人それぞれ、年齢や経験などのシチュエーションによって求めている物は変わる。
1110、開拓の村食堂。にしんそば大盛。そばはあんまりだったが、にしんはおいしかった。
旧三〼河本そば屋。旧小樽新聞社。旧手宮駅長官舎。旧開拓使爾志通洋造家。旧福士家住宅。旧松橋家住宅。旧有島家住宅。私立北海中学校。旧雲龍寺。旧土谷家はねだし。旧青山家漁家住宅、でかい!7棟を移築!廊下。旧秋山家漁家住宅。旧浦河公会会堂。
13時、休憩ハイドレーションブレイク。
旧武井商店酒造部。旧近藤医院。旧開拓使工業局庁舎、重文。旧札幌警察署南一条巡査派出所。旧島歌郵便局。旧山本理髪店。旧武岡商店。旧大石三省堂支店。旧太田装蹄所。旧渡辺商店。旧藤原車橇製作所。旧本庄鉄工場。旧山本消防組番屋。旧若狭家たたみ倉。旧ソーケシュオマベツ駅逓所。旧田村家北誠館蚕種製造所、おじさんと話す。旧農商務省滝川種羊場機械庫。旧岩間家農家住宅。旧納内屯田兵屋。旧山田家養蚕板倉、おじさんと話す。旧河西家米倉。旧信濃神社。旧樋口家農家住宅。旧小川家酪農畜舎、おじさんと話す。炭焼小屋。旧平造材部飯場。旧北海道札幌師範学校武道場。旧札幌農学校寄宿舎。
案内の人たちからはどこから来たのかをまず最初に聞かれた。そういうふうに徹底されているのかもしれない。あと私は既に仕事を引退した人だと見られていた。老けて見えるのか、それとも車中泊で旅するのは引退した人だけなのか?
この施設はよくもまあこんなにも建物を集めたものだ。その1つだけでも普通なら閲覧に300円かかりそう。これ全体を1000円なのだから北海道の本気を見た。暑くて足は完全に棒になった。疲れた。建物を4つ逃したが、もう心は充分満足していた。1540、撤収。
1550、北海道博物館。体力気力は尽きており、セット券を買ったことを後悔した。2023/8/18以来2回目。いきなり「おこっぺアイス」のバニラ。16時、入場。足が痛かったので鉄道関連だけさっとチェックした。
館内で座って休憩していたら超珍しく仮想妹Rからメールが来ていた。千葉の豪雨は大丈夫かということだった。13日の夜から千葉に集中豪雨があって大変なことになっていることは知っていた。北海道旅行に来てるからわからんと返しておいた。
16時半、ギブアップ。夕食に行くことにした。夕食のためだけに札幌南ICから道央道で千歳IC下車。
1750、レストランみやもと。2025/8/17以来2回目。前回石炭博物館の館長に教えてもらい店員のお姉さんと話したのが楽しかった。店員さんは若い女性2人いたが、見たことないような気がした。注文は前回と同じモッツァレラハンバーグとカマンベールコロッケ【トマトソース】のご飯大盛。ハンバーグのチーズが切れないw。コロッケが特においしかった。
帰り際のレジで「去年東京でチーズが食べられる店を教えてもらったんですが、まだ食べられますか?」と聞くと、2人の女性とも知らなかった。「オーナーに聞きましょうか?」と言われたが、そこまでじゃないので断った。また来ればいいさ。
安平の銭湯に向かった。温泉ではないけど、近くにはいいのがなかった。追分駅の近くだった。昔に追分駅で宿を探して諦めて苫小牧に泊まったことがあった。旅で知り合った人にも「追分なんかホテルどころか何にもないですよ」と言われた。今日駅前を通りかかると旅館とホテルがあった。行ってみないとわからんもんだなあ。
1925、ぬくもりの湯。駐車場が満杯。500円だけど、シャンプーもあった。お湯が少し熱めだったけど、居心地のいいところだった。
2040、道の駅マオイの丘公園。この旅で2回目。通算3回目。
今日は北海道開拓の村がすべてだった。まさかこんなに規模がでかいとは思ってもなかった。こういう時に備えて体力はつけないといけないなあ。
2026/08/13(木)年休「留萌〜三笠」
道の駅とうま。今日もよく眠れた。北海道はこんなにもよく眠れるものかと。起床は510。髭剃り後、ドロドロになったフロントガラスを掃除した。昨日のブログの修正。
625、セイコーマート当麻3条店。おにぎりおかか&チーズ。作戦会議。
710、出発。留萠鉄道と天塩炭鉱鉄道を探索することにした。この2つは昨年も視野に入っていたが、タイミングが合わなかった。沼田へ向かった。820、ENEOSニュー沼田SS。
835、留萌線恵比島駅跡。2022/8/19以来2回目。留萠鉄道はこの駅から分岐していた。雰囲気のいい木造駅舎だった。この駅はNHKの連続テレビ小説「すずらん」の「明日萌」駅として使用された。早朝なので駅舎は開いてなかった。この駅には前回あんまりいい思い出はなく、閉まっている方が都合がよかった。そもそも「すずらん」自体を見たことがなかった。
留萠鉄道は昭和炭鉱の石炭を運ぶために恵比島から昭和を結んでいた。途中の幌新は三毛別に次ぐ羆獣害事件で知られていた。留萠鉄道の遺構はほとんど残っていないようで、ネットの情報も皆無だった。あるのは昭和炭鉱の廃墟の情報ばかりだった。最初から路盤を探すのはほぼ諦めていた。
幌新はどんなところだろうと興味があったが、普通に町営の温泉施設があった。850、クラウス15号蒸気機関車。留萠鉄道で使用されていた蒸気機関車だった。925、ほたる学習館・雪の学校炭鉱資料館。昭和炭鉱の説明があった。
945、出発。955、ホロピリ湖。留萠鉄道はこのダム湖に沈んだ。この辺りから例によってネットが使えなくなった。昭和炭鉱へのアプローチを注意深く探した。昭喜橋の袂に分岐の道があった。しかし、すぐにゲートで塞がれていた。1005、撤退。留萠鉄道の痕跡はまったく掴むことはできなかった。鉱山鉄道は難しい。
道道をそのまま進むと天塩炭鉱鉄道の終点達布駅にたどり着くようだった。天塩炭鉱鉄道は留萌から達布を結んでいた。こちらも石炭を運んでいた。
1025、天塩炭鉱鉄道達布駅。たまたま車を停めた大きな駐車場が「歩鉄の達人」によると駅跡だった。「歩鉄の達人」によると、ほとんど遺構はなく、道路に転用されている所が多かった。適当に留萌に向かうことにした。その前に、1035、天塩炭鉱ホッパー跡に寄り道。
留萌に入り、海鮮を食べようとした。「富丸」という店は車がたくさん待っていた。他の店は留萌駅跡の側にあるようだった。留萌駅跡の前に車を停めた。
1120、長田鮮魚店。ミニ市場のようだった。ネットには海鮮丼が食べられるみたいな写真があったが、魚屋であり海鮮丼をやってるようには見えなかった。
10分歩いて「富丸」に行った。5組待ちだった。待っている間にブログを打った。12時、カウンターに案内された。海鮮上ちらし3000を注文。特上は売り切れていた。海鮮上ちらしは所謂海鮮丼だった。一目見て、アワビ、つぶ貝、マグロ、サーモン、甘エビが入っているのがわかった。そして、それらの具はとても大きくてめっさうまかった。3000円でこのクオリティは凄い。感動した。次回から必ず寄ろう。
13時、出発。奈井江の廃線跡を狙った。留萌ICから深川留萌道、道央道。1355、砂川SAで作戦会議。目的地を三笠鉄道記念館に変更した。三笠IC下車。
途中クロフォード公園を通過した。ここがあるのを忘れていた。クロフォード公園は三笠駅跡でここからは幌内までは線路が敷かれていた。「カラマツトレイン」という団体が運営するトロッコがあるようだったが、とりあえずスルーした。
1420、三笠鉄道記念館。2023/8/21以来2回目。前回は閉まっていた。それがずっと気になっていたw。ここは幌内駅跡だった。幌内は日本で3番目に鉄道が走った場所でもあった。だからこんな不便な場所にでも施設ができたんだろう。施設の名前は「幌内」にして欲しかったなあ。この名前では三笠駅と誤認してしまいそう。
施設の入口付近ではSLが停まっていてモクモクと黒い煙を出していた。乗れるのか?入場は530円。外の車両の写真を撮った。夏の陽射しが暑かった。
15時、SL乗車。300円。満員。300mくらいを1往復。終わり。えっ?普通2往復だけどなあ。
展示はもうなくなった駅のサボがあったりして楽しかった。
1640、クロフォード公園。閉まっていたorz。トロッコはここで受付のようだった。写真だけ撮った。
万字線万字炭山駅跡に移動した。2023/8/21に探索していたが、場所がさっぱりわからなかった。後日、YouTubeの「花*Hana廃線チャンネル」で正解を見た。それ以来もう一度行かなければと思っていた。
1725、万字炭山駅跡。ダート道を下りていくと、橋があった。橋を右折すると、左手にコンクリートの建造物の遺構が出てきた。この辺が駅じゃないか?その先は上りとなった。鉄道は勾配に弱いのであまり鋭い上りというのがない。上りの途中で右手に太鼓橋があった。車を停めて歩いて渡ると広い広場になっていた。遠くに駅名標が見えた。なんとモニュメントができていた。このモニュメントは以前は万字交通センターに置かれていて場所が全然違うことが知られていた。裏書きでは昨年移設したようだ。でも、駅の場所は「花*Hana廃線チャンネル」とは場所が違うような気がした。
万字交通センターの方に戻った時にやっぱり気になって調べなおした。すると、モニュメントの場所が間違っているという情報があった。置き直してまた間違うのはどういうことだ?最初の橋を渡った所が駅だった。「花*Hana廃線チャンネル」も見ても最初の橋辺りのような気がした。
1750、再び万字炭山駅跡。橋を渡ったところは草ぼうぼうで本当にここかはわからなかった。でも、ここしかなさそうだった。夏の探索は草ぼうぼうだからしんどい。
1805、万字駅跡。郵便局になっていた。現役ではなさそう。裏からホームを見下ろした。
隣の美流渡駅跡。ここからは美流渡炭鉱鉄道が出ていた。調べたけど、情報はなかった。山の中に入っていった。路盤はまったくわからなかった。すると、1825、大きな工場が現れた。炭鉱跡かと思ったら食品工場だった。ここで探索を終了した。何もわからなかった。
岩見沢に向かった。1910、キッチンオンマイプレート。ベーコンエッグハンバーグ。肉汁が豊かで付け合わせもすべておいしかった。1870円。
20時半、湯元岩見沢温泉なごみ。この旅2回目。500円は安い。着替えている時にスマホを軽く落としたらカバーガラスが割れてしまったorz。駐車場でブログを打った。
2150、道の駅しんしのつ。ほぼ満車だった。空いてるところはないのかもしれない。隣はキャンプ場で凄くうるさかった。
今日も昨日ほどではないけど、やはり生焼けだった。ちょっと時間潰しになってる感がある?あと3日どうするか?
2026/08/12(水)年休「尺別」
道の駅しかおい。夜中に雨脚が強くなったり弱くなったりしたが、ぐっすり眠れた。仕事の悪夢を見た。眠り過ぎなのだろうw。起床は440。天気は悪かった。今にも雨が降りそうだった。タウシュベツの時だけ晴れたのは僥倖だったかもしれない。髭剃り、昨日のブログの修正。ネタ切れだったので全国鉄道地図帳を見た。すると、昨日のビート資料館で見た十勝鉄道の地図があった。しまった!
545、出発。尺別鉄道を狙った。途中、615、セイコーマート音更店。おにぎり和風ツナマヨ。
国道で浦幌に入った時に、赤をバックに白地で「おっぱいの神様乳神神社」と書かれた看板があった。一度スルーしたが、今後ずっと気になるかもしれないので寄り道した。
7時半、乳神神社は浦幌神社の中にあった。近くの木の瘤がおっぱいに似ていて、婆さんが孫のために乳が出るように祈ったら乳が出たという。私は関係ないんだけどなw。
805、根室線尺別駅跡。2019年廃止、私の乗り鉄時代ではまだ現役だった。コンクリート製の四角い駅舎があり、説明板があった。現役線の廃駅に説明板があるのは初めて見た。建物の入口部分には「尺別駅」と書かれたプレートを剥がした跡が残っていた。廃駅になるくらいだから周りは草むらばかりで家も何もなく、通る車もなかった。少しだけ海が見えて波の音がずっときこえるだけだった。
尺別駅から尺別鉄道は分岐していた。1920年に軽便鉄道として開通。尺別炭山からの石炭を運ぶのが目的だった。1942年に改軌。1970年に廃止。
炭鉱に繋がる道道は行き止まりになるためか、車がほぼ通ってなかった。人家もほぼなかった。
825、八幡前駅跡。神社の前に駅はあったらしいが、正確な場所はわからなかった。鳥居の前の砂利道が路盤か?
840、道道を越える橋台跡が現れた。唯一の遺構、これを見に来た。その先に尺別炭鉱の碑があった。Wikipediaによれば、ここが新尺別駅跡っぽく。路盤はわからなかった。後で調べたらここではなかったorz。
845、旭町駅跡。山奥過ぎてネットが使えなくなっていた。全国鉄道地図帳と下調べの記憶だけを頼りにした。自信はまったくなかった。
850、道はどん詰まりとなった。その先は轍の残る未舗装の狭い道となった。この先に終点の尺別炭山駅跡があるはずだ。事前にツイッターで尺別炭山のホームが見つかったというのを見ていた。快挙だと言われていた。周囲の平地は草むらになっていたので簡単には見つからないだろうと思った。
橋が現れて左側に橋台跡があった。改軌後に駅の場所は軽便鉄道の駅から手前に移動したらしかった。これが改軌後なのか軽便鉄道のものかはわからなかった。そこからは左側に集中。立て続けに橋が2つ出てきた。やはり橋台跡があった。その先には小さな広場があり、轍は奥に続いていた。進んでいったが、だんだん熊が怖くなってきた。そして、遠くに倒木が見えた。もうイヤだ。855、撤退。広場には道道の起点を示す標識が立っていた。ここが駅跡なのかもしれない。
945、セイコーマート音別店。北海道メロンソフト。作戦会議。なかなかまとまらなかった。
1010、出発。1020、ホクレン白糠SS。これから白糠線に行くためその前に海鮮を食べたかった。
1035、道の駅しらぬか恋問館。「どんぶり之助」いくらサーモン丼大盛。3350円。さすがにこの値段だとおいしかった。
庶路ICから道東道で白糠ICまで。ここからは白糠線の探索となった。何度も来てるのでポイントだけを押さえることにした。上茶路駅跡に行くつもりが、コンクリート橋梁の写真を撮ってるうちに終点の北進に辿り着いてしまったw。
1205、北進駅跡。2024/8/14以来2回目。草刈りはしておらず草ぼうぼうだった。
1220、上茶路駅跡。2024/8/14以来2回目。草ぼうぼうのアプローチを進むと先客がいた。緑の中のプラットホームは絵になった。視界にはすべて緑のフィルターがかかっていた。けれど、熊が怖かった。
北進経由で本別に向かうことにした。2年前にも通った道だった。1310、貴老路(キロロ)の地名標識。2年前に見つけたのにスルーしていた。そのためずっと気になる羽目になった。今回無事に写真に収めてモヤモヤに終止符を打った。
13時半、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線仙美里駅跡。仙美里鉄道資料室。Googleマップで見つけた時には知らない物件だと思っていたが、実は2022/8/13に訪れていたw。バロン西の説明が熱かった。
陸別に向かうことにした。1410、セブンイレブン足寄下愛冠店。ガリガリ君。
1450、道の駅オーロラタウン93りくべつ。2022/8/13以来2回目。鉄道車両の乗車体験ができるのであわよくばと期待したが、事前予約制になっており今日は運転体験だけだった。ただ動画を撮るだけでも満足した。
1520、出発。常紋トンネルを狙うことにした。常紋トンネルでは、朝鮮人に対してタコ部屋労働をさせていて、多数の死者が出てコンクリートに埋めたと言われていた。ここは有名な心霊スポットであった。またSL時代は撮影場所としても有名だった。
国道から細いダート道に入った。あちこちに水たまりがありいつかスタックするんじゃないかというくらいぬかるんでいた。崖下に石北線が現れた。イケる。分岐が現れた。ゲートが開放されていた。ゲートより先はJRの敷地だった。まずはスルー。しばらくして2つ目の分岐とゲート。これもスルー。先に進んでいくと、線路が消えた。そして、視界が開けサミットに到着。この道は違うんじゃないか?16時半、撤退。もともとそんなに行きたいわけではなかった。ただ車が泥だらけになっただけだった。
ずっと天気が悪かったが、山を越えたためか青空が出てきた。やはり道東は天気がよくないのかもしれない?生田原で狙った鉄道ファンに人気のある店は休みだった。遠軽で何か食べようと思ったら間違って上川方面に行ってしまった。この後、旭川まで店はなかった。旭川まで行くことにした。遠軽瀬戸瀬ICから道央道。旭川までは100kmありとても遠かった。旭川鷹栖IC下車。
19時、らーめん越乃屋。新規開拓。今までの店は私の持つ旭川醤油のイメージと違うんだよな。ここは昔ながらの醤油ラーメンらしい。満席で少し待った。これは期待できそう。
しょうゆらーめん大盛半熟たまご。1200円。うまかった。イメージ通りではないが、うまかった。もしかすると私のイメージがおかしくなってるのかな、と思うくらいおいしかった。ここはキープしておいて、次回もう少し新規開拓かな?
20時、杜のSPA神楽。700円。温泉ではなかった。でも、いろいろな湯を楽しめた。別にそういうのでもいいと思った。人が多く清潔感はなかった。床が滑りそうで怖かった。コスパはよかった。
2140、ローソン旭川東4条店。ガリガリ君。
2210、道の駅とうま。2025/8/14以来2回目。ほぼ満車。一つだけ空いていた。次回から要注意だな。
今日はやることがなくてあんまりだった。もともとやることがなかったのだからこんなもんかもしれない。
2026/08/11(火)祝「甜菜」
道の駅おとふけなつぞらのふる里。二度寝して起床は550。ぐっすり眠れた。もうぐっすり眠れるようだ。鼻も普通。小雨が降っていた。髭剃り。
610、セイコーマートよしぐち店。おにぎり鮭。昨日のブログの修正。量がたくさんあったのと、小雨だからあまり急いでもなかった。
810、出発。やることがなかった。とりあえず見つけた近くの物件を狙った。気分を上げるためレミオロメンの新作3枚組の封を切った。まずは1枚目から。
8時半、十勝鉄道蒸気機関車4号、客車コハ23号。十勝鉄道は日本甜菜製糖がビートを運ぶために帯広の南に敷設した。十勝鉄道の路盤はその一部が遊歩道として整備されていた。
そのまま遊歩道がどこまで繋がっているのか車で探索した。川にぶつかったところで遊歩道は途切れて路盤を見失った。
今日は十勝鉄道を探索することにした。十勝鉄道は3つに分岐して複雑な線形をしていた。その場でいろいろ調べたのだが、かなり昔に廃止されたため遺構も少なかった。なんとか終点だけを回ることにした。
まずは千代田駅を目指した。調べてみると2024年に駅の遺構が発掘された。ただ場所がよくわからなかった。個人ブログ(しのうしのブログ)で秋葉神社の近くと書かれていたのでとりあえずそこを目指すことにした。すると千代田は20km以上も離れていた。地方の小私鉄だと思っていたが、やたら規模がでかいぞ。
ひたすら畑の中の道を走った。ビートを運ぶためだから周りは畑だらけなのは理解できたが、こんなとこに本当に鉄道が通っていたとはとても考えられなかった。
9時半、秋葉神社。遺構はどこにあるんだ?この北海道の原野でたった一つの遺構を探すのはもしかすると無謀なのかもしれない。少し探して、草むらに埋もれてるかもと思った。なかなか見つからなかった。個人ブログには丁寧にその場所が書かれていた。読み返すと私が方角を間違っていただけだったw。遂に円形のコンクリートの遺構を見つけた。
十勝鉄道千代田線千代田駅。1957年廃止。遺構は転車台、ピット、ホーム。周りは畑だらけで路盤はさっぱりわからなかった。道路が路盤なのか、畑になってしまったのか?時の流れを感じさせた。
1010、十勝鉄道美生線上美生駅跡。目印のAコープがヤマザキショップになっていて難儀した。鉄道と農協は関係が深い。路盤はさっぱりわからなかった。
10時半、元Aコープ清川店。多分途中駅。
1045、十勝鉄道戸蔦線戸蔦駅跡。元Aコープ戸蔦店の裏手らしい。戸蔦農村公園と挟まれた場所。ここも探すのに難儀した。路盤はさっぱりわからなかった。
1110、道の駅なかさつない。この道の駅はいつも混んでいるような気がする。「畑のキッチンアンティー」は外に面した店。鶏がおいしいらしい。とり天丼大盛。850円。発泡スチロールの丼に入っていた。雨の止んだので外のテーブルで食べた。鶏はおいしかったけど、雰囲気は大切だなと思った。
道の駅には2つの博物館があったので行ってみることにした。1145、開拓記念館。そば屋にしか見えなかったのでスルーした。豆資料館・ビーンズ邸。馬鈴薯原々種農場を移築した。ビーンズとは架空の人物。とてもゆるい説明だった。
ここで帯広のビート博物館か忠類のナウマンゾウ記念館で悩んだ。ビート博物館には十勝鉄道の駅跡があった。忠類ナウマンゾウ記念館は子供の頃から気になっていたが、ことごとくスルーしていた。帯広のビート資料館に電話すると、今日は開館してるようだった。ビート博物館に向かった。
1210、セブンイレブン中札内店。ガリガリ君。
1245、ビート資料館。外には十勝鉄道工場前駅跡のモニュメントがあった。十勝鉄道は最後帯広駅と工場前を結んでおり2012年に廃止された。
ビート資料館は日本甜菜製糖の企業博物館だった。最初にビートに関する15分の映像を見た。ビートの種まきから収穫まで自動化されていることに驚いた。十勝鉄道関連の展示も多かった。十勝鉄道はトラックがない時代にビートを運ぶために敷設された。詳細な地図が展示されていた。これがあったならもっと探索はラクだったろうに。館長さんがやってきてマンツーマンでいろいろなことを教えてくれた。
日本の砂糖はサトウキビよりもビートから作られているものが多い。これは知らなかった。またビートは連作障害を防ぐために豆、小麦、ジャガイモと輪作されていた。なるほど。砂糖の種類は色が付いている方が高級であった。これはお酢と似ていると思った。驚いたのは古写真などを公開していることだった。ただし、既出が多くて掘り出し物はなかった。
館長さんが面白くて、展示も充実していてとても楽しかった。ビートはもっと宣伝して知名度を上げるべきだと思った。ここにはまた寄りたいと思う。
1510、出発。昨日、探索しそびれた物件を探索するため鹿追に向かった。一体何回鹿追に向かってるのかw。
16時、ふれあい農芸公園駐車場。誰もいない駐車場。雨が降っていた。ジオパークの案内看板が立っていた。熊が出そうなので空のペットボトル2本を叩きながら森の中に入った。
1610、交差橋台跡。あまりにもマニアックなネタ。私鉄どうしの立体交差跡。上が北海道拓殖鉄道で下が河西鉄道。私鉄の立体交差はとても珍しくて、しかも、北海道の僻地の山の中。現役時代の写真があり、両方の線路に汽車が通ってちょうどクロスする写真だった。昔から撮り鉄はいたんだな。
1625、河西鉄道鹿追駅跡。河西鉄道も十勝鉄道と同じようにビートを運んでおり、後に十勝鉄道に合併された。1951年廃止。北海道拓殖鉄道の鹿追駅とは2km離れた場所にあり、十勝鉄道のように人里からは離れていた。ここにはホーム跡が残されておりジオパークの説明板が立っていた。
セブンイレブン鹿追南町店。ガリガリ君。
1710、北海道拓殖鉄道屈足駅跡。一昨日に訪れていたが、ツイッター民から間違っているとの指摘を受けた。指摘通り案内板が一本入った通りにあった。これはわからないや。路盤もさっぱりわからなかった。
1725、たこや。屈足の個人商店。ジンギスカン定食は1200円。味噌ダレで食べるスタイル。
1810、くったり温泉レイク・イン。2011/8/12以来2回目。とほ宿「ドラム館」の人たちと訪れたことがあり、いい印象があった。ホテルの日帰り入浴で900円。お客さんはまばらで、施設はきれいでとてもよかった。湯は温泉のようなそうでないような。少し肌が引っかかる感じがあった。ソファーに横になりブログを打った。これがとても快適だった。ただ洗濯しなければいけないのに長居できなかったのが残念。また来よう。
1915、出発。鹿追に向かった。夜は真っ暗で虫がたくさん突っ込んできた。
1935、Aコープ鹿追店コインランドリー。4kg800円に最初から乾燥10分追加した。
21時、道の駅しかおい。あまり車はいなかった。小雨が降っていた。車中泊の欠点は雨が降っていると、寝床を作ったり片付けたり、トイレに行く時に濡れることだ。
今日は十勝鉄道と河西鉄道を探索した。もともと難しそうなので頑張るつもりはなかったのに結果としてそうなったw。今日で折り返し。明日からどうしようか?とにかく晴れてさえくれれば何とでもなるだろう。