びーの独り言

どこいくの?どっか。

2020/10/23(金)「緊急」

 来週、忙しくてただでさえギチギチなのに、クライアントから急いでやってくれと言われた。残業対応してもできるかどうかというところ。社長案件なので、クライアントにも事情があるのだろう。上司に相談して菱沼さんに手伝ってもらうことになった。関わりたくないのだがやむを得ない。サービス業だから仕方ない。
 緊急なんてのは大体ロクなものがない。後で考えれば緊急でなかったものがほとんど。今回は明らかにやる価値があるのかすら疑わしい。社長に媚びを売る人たちがいたずらに騒ぎ立てて下をこき使う構図が見える。測定の結果うんぬんよりも生活権が大事という意味で、大企業のサラリーマンとしての正しい振舞いなのだろう。何が効率化で何がコンプライアンスだだと思う。

2020/10/22(木)「復縁」

 Yさんがいなくなって机に座ることが多くなった。事務手続き、実験のデザイン、作業の指示、スケジュール管理、打ち合わせなどなど。これらすべてYさんがやってくれてたんだな。いなくなってさらに凄さを感じる。
 というわけで、ようやく管理職らしくなった。実は、昔の部署だと全部やってたり。これがいいか悪いかわからないが、ここのやり方だ。
 自分が上に立ち、技術的なことを相談する相手がいなくなった。今日、東京のTさんに電話してる最中に、Tさんに相談すればいいということに気づいた。Tさんは元上司で、今は二つ上。いくつかの課題がサクサク進んだので驚いた。
 これはいいルートができた。

2020/10/20(火)「全滅」

 先週火曜日に全滅した測定、1週間かけて前処理を変えてまたもや全滅したorz。至急案件なのに期待に応えられないのは悔しい限り。そんな時に限ってクライアントから進捗と見込みを聞かれた。
 ちゃんと過去の方法をトレースしてるはずなのだがどこがおかしいのか?大昔に測定したことのある菱沼さんがちょっとここが違うんじゃないかと指摘してきた。気づかなかったが、そこは怪しいかもしれない。またもやYさんにメール。すると菱沼さんの方法が正しいとのこと。また1週間やり直してできるかどうか?
 運良く、今週来るはずの2つの案件は、まだサンプルが届かない。しかし、明日にはどうなってることか?先週から血圧が上がりっぱなしだ。

No.92 こだわり牛すじカレー

 大近のこだわり牛すじカレー(Pantry350円)。
 野菜、ビーフに続く第三弾だが、やはりスパイスが効きすぎておいしくなかった。ベースが私には合ってなかった。

2020/10/19(月)「悲報」

 病気療養中の部長に代わって本部長が部長を兼任するとのこと。
 本部長は他所の会社から来た。この人はパワハラの権化で陰湿で不公平で気に入らなかったら容赦なく飛ばす。
 前部長は本部長のいた会社から引っ張られてきた。この人は本部長と正反対で正義の味方みたいな人だった。組織を改革するべく、いろいろ策を講じていたが、その途中で病に倒れてしまった。
 代理として指名された副本部長は生え抜きで、中途組が気に入らなかった。改革には消極的で、すぐに改革はストップした。
 今回、本部長が改革の進捗について報告を求めているらしい。わが部署もついに本部長の餌食になるようだ。とてもめんどくさいことになった。

2020/10/18(日)「丹波篠山」

 今日は廃線跡巡りだった。国鉄篠山線は篠山口駅から東に延びて福住までの17.6kmを結んでいた。1944年3月21日に開業し、1972年3月1日に廃止された。駅が市の中心部から離れていたために国鉄の路線としては比較的最初の方に廃止されていた。予定では園部と繋がるはずだった。
 8時に起床。8時半にチェックアウト。歩いて駅に着いたが、地の物は売ってなく、改札横のキオスクでおにぎり1個買った。跨線橋でおにぎりを食べてると、窓から線路脇に篠山線らしきスペースを見つけた。
 昨日、二階町の観光案内所のおばさんは、レンタサイクルは東口と言っていたが、観光案内所は東口にはなく、西口にあった。そして観光案内は9時に開くと思っていたら、10時に開くようだった。しまった!仕方ないので4km歩いて、二階町の観光案内所を目指すことにした。
 9時、廃線跡巡りスタート。大体のルートは歩鉄の達人を見て頭に入っていた。北へ歩き、最初の踏切で東側に不審なスペースを発見。その後、小さな川を渡る場所を特定。順調な滑り出しに思えた。
 その後、廃線跡は道路になっていたので、排気ガス臭く、砂埃舞う歩道を一人とぼとぼ歩いた。途中、一ヶ所だけ廃線跡が道路から離れる場所があった。そこでは、道路は右カーブするが、線路跡はまっすぐ進むはずだった。しかし、どこかわからなかった。こういうことはよくある。とりあえず半信半疑で前に進むことにした。
 途中、味土里館という直売所があったので、焼栗を買った。
 畦道で、ここ廃線跡かなと写真撮ってたら、近くで白いつなぎを着た背の高いじいさんが仁王立ちでこちらをじっと見ていた。気にしないようにして先に進んで振り返ると、まだじいさんは仁王立ちしていた。
 さらに進んでいくと、大きな川にぶつかり橋を渡った。そこは昨日のバス道だった。おかしい。予習では、バス道に出るはずがない。ここで初めてグーグルマップを使った。結果、だいぶ前に道を間違えていることが判明したorz。よくあることとは言え、程度がひどかった。徒歩では戻ることもできなかった。とぼとぼとバス道を意味もなく二階町の観光案内所まで歩いた。トータル2時間もかかった。
 観光案内所では昨日のおばさんがいた。衝撃の事実を教えられた。「駅の観光案内所とレンタサイクルは別ですよ」。今さら聞いても後の祭りだった。まあどうせ道間違えてただろうし。
 11時、レンタサイクルで出発。電動アシスト付き。ギアが泣きそうなくらい軽くて、前に進まなかった。レンタサイクルは事故防止の観点からかこういうのが多い。
 南に行き北交差点に着いた。ここは篠山駅跡。付近をじっと見たが、何もなかった。そこからひたすら東へ。廃線跡は道路になっていた。山あいの長閑な田園風景。とにかく長かった。電動アシストとは言え、ギアが小さいから前に進まない。歩道がある分はいいが、なければ車道を走る。横をバンバン車が追い抜いていった。あちこちで枝豆を売ってる人がいたが、車とバイクが通りすぎるだけだった。
 日置から廃線跡は大きく北側に膨らんだ。そこでようやく廃線跡だと思える小路が出てきた。その道はそのまま竹やぶを突っ切って、突堤になった。突堤にはコンクリートの暗渠がかかっていた。左手には縦に長い看板があり、篠山線跡と書かれていた。田んぼの中の不自然な突堤は続き、やがて道路と合流した。その道路を行くと村雲駅跡を示す駅名票がでてきた。この頃、すでに1時間半も自転車を漕いでおり、ちゃんと17時の返却までに戻れるか不安になっていた。
 そこからは廃線跡は見失った、というか早く福住に着きたいの一心だった。福住に着いたのは13時だった。
 福住駅跡を探した。それらしき場所に農協の倉庫があり、ホームみたいな上に乗っていた。辺りを見渡すと分かりにくいところに、駅跡の石碑があった。一応これで目的を果たした。
 福住もまた伝統的建造物群保存地区だった。今朝の段階では、一番奥まで行こうと思っていたが、一番奥までは5km近くあり、体力的にも時間的にも無理だと思った。途中の住吉神社というところで引き返した。雰囲気は昨日の方がよかった。
 1330、小学校跡の喫茶店で昼食。枝豆が出てきたけど、特においしいとは思わなかった。明日の朝食用にきな粉の揚げパンを買った。
 14時、福住を出発。実は自転車に変速機がついていることに気づいた。今日3つ目のミス。途中、ショートカットの山越えを狙い撃沈するも、ただひたすら裏道をまっすぐ進んだ。最後の方で左の太ももの付け根が痛くなってきたが、なんとか1520に観光案内所に到着。自転車を降りると、歩き方が変だった。
 もうどこにも行く気力は残ってなかった。近くの店で栗ソフトクリーム400円を食べた。全然栗感がなくて騙された気がした。松茸ごはんも売っていたので、地域共通クーポン1000円を使った。800円で200円余したが、余計な物を買うよりはマシ。
 1535、二階町からバス。途中から渋滞に巻き込まれた。「篠山口駅には1時間以上かかる見込みです」。そんなにかかるのか?でも、時間には余裕があった。どうやら渋滞はインターに向かう車が原因のようだった。いくらたってもピクリとも動かなかった。歩いた方が早いレベルだった。途中でカップルが電車に間に合わないと降りていった。バスが篠山口駅に着いたのは1820。なんと2時間45分も缶詰めにされてた。
 篠山口駅での接続悪く、疲れてたのもあって課金した。特急こうのとり。1840出発。松茸ごはんを食べた。醤油ごはんにわずかに松茸のスライス。それでもおいしかった。焼栗も食べてみた。あ・ま・く・な・い。普段甘栗しか食べてなかったから戸惑った。でも、栗と言えばこれが正当なのかな?特急は途中で停車した。対向列車が鹿に衝突したらしい。北海道ではよく聞くが、こんなところでもあるのか?尼崎へは2010到着。1時間半も乗っていたが、特急だったのでそんなに気にならなかった。
 篠山線の痕跡がほとんどないのはわかっていたが、なさすぎてあまりワクワクしなかった。平坦だとは言え、自転車で13kmも往復するのはきつかった。車が羨ましかった。今回の旅も楽しかった。ミスもあったが、これもまた旅である。

2020/10/17(土)「丹波篠山」

 旅行第三弾は丹波篠山に行くことにした。尼崎にいるうちに近くて行きづらいところに行きたかった。丹波篠山と言えば、城下町くらいしか浮かばず、あまり魅力的には思えなかったが、廃線跡巡りに気づいてからは一気にテンションが上がった。
 先週の反省を元にホテルに泊まることにした。予約サイトを見ると、GOTOトラベルが反映されて割り引かれていた。往復の電車賃とたいして変わらなかった。
 昨晩、奥歯の被せものが取れた(泣)。歯医者に行ける時間は今日しかなかった。旅行はいつでも行けるが、歯は速攻治さなければいけない。
 今朝は7時半に起床。無慈悲にも雨が降っていた。歯医者だし、雨だし、こんな時に限って宿予約してたりして。旅行の荷物を抱えて、傘を差して、9時に歯医者。「感染対策のため完全予約制になっています。1040に来て下さい」。一旦、家に戻ってから出直した。
 1040、再び歯医者。被せが外れたのは左下の奥から2番目で、1年半前にも同じ箇所を治療していた。抜かれるかどうかドキドキだったが、接着剤でつけて終わり、ホッとした。
 11時、出発。JR尼崎駅から1128の区間快速。生瀬から先はトンネルの連続。トンネルの切れ目からは険しい谷の下に武庫川が見えた。川沿いに廃線跡を探したが、よくわからなかった。三田から先は田舎。この辺りから旅行感が出てきた。狭い山あいに田んぼが広がり、広葉樹や家屋の形がいかにも兵庫だった。雨が降ってるので、山から水蒸気が上がっていた。もしかしたら、雨は雨でよかったかもしれない。雨と城下町、なんだか良さそうではないか?
 篠山口駅に着いたのは約1時間後の1230だった。こんなに近いのに、今まで行かなかったのが不思議。観光案内所で地図を入手し、バス停を探すとちょうどバスが来ていた。バスは4、5人乗っていた。こんな雨の日に観光なんかしないよな。城跡までは4キロあった。バスはなかなか着かなかった。バスが城の近くの二階町に近づくと、道はギリギリ二車線になり、両側には土産物屋が軒を連ねていた。そして、傘を差した人たちが道路に溢れ返っていた。なんでこんなに混んでるんだ?えらいとこに来てしまったと思った。
 バスを降りて見ると、すごい人だかり。観光バスのガイドが旗を持って客を先導、みんなが傘を差している。猪肉料理の店にはどの店にも行列ができて、栗を焼く店には覗きこむ人が多数。風情も何もあったもんじゃない。さながら戦場のようであった。
 そして戦い敗れてこんな時でもなぜか空いてる場末の食堂へ。篠山まるごと丼。丼に猪肉とトロロとゼンマイ。猪肉はビーフジャーキーみたいな硬さで味がしなかった。コレジャナイ。シチュエーションだけで既に負けていた。
 14時、やっと観光スタート。まずは観光案内所。おばさんに、ダメ元で篠山駅跡について聞いたら、現在の廃線の様子を詳しく教えてくれた。こんなマイナーなものまでフォローしてるとは。凄いおばさんだった。
 篠山城の入り口の写真を撮ろうとしたら、駐車場の前でバスを誘導しているおじいさんに話しかけられた。篠山のいろいろ面白い話を聞かせてもらった。今日は春日神社の大祭だったが、新型コロナで中止になったとか、猪は今は冷凍だから11月からうまいとか。こういう地元の生きた話が聞けるのが、何より旅の醍醐味だ。
 篠山城は、平城で立派な外堀と内堀があった。天守はなく、復元された大書院があった。大書院では、篠山の歴史を紹介していたが、あまり歴史的に目を引くものはなかった。譜代が守ってたから重要な拠点だったとはいくらなんでも言い過ぎ。誰もそんなこと思ってないと思う。
 青山歴史村に入った。別に入るつもりはなかったが、共通券に入ってたので。ここには、版木館、デカンショ館、桂園舎の3棟があった。この中でデカンショ館がメインで、その名の通りデカンショ節について解説していた。デカンショ節、言われてみると聞いたことがあるような?篠山が発祥なのか。水木しげるが高校の頃、篠山に住んでたことがあり、篠山鉄道から国鉄で大阪に通っていたという話が印象に残った。
 篠山城の城下町は国重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。まずは城の西側を南北に走る武家屋敷通りに行った。雨はようやく止んだが、誰もいなかった。あれだけいた人たちはどこへ行ったのだろう?道は広くて、変わったところとして排水溝と家の門の間には隙間があった。江戸っぽい?家はどれも茅葺き、おそらく家の造りは同じなのだろう。雰囲気が良い道だった。旅行に来た感じがしてきた。佐藤家というところが入れるようなので中に入ってみた。なんとそこの家のおじいさんが説明してくれた。自分の家を解説してる人は初めてだった。もう少し進むと、安間家があった。こちらは公式の施設。整備されてたけど、ふーんって感じ。見せ方では、佐倉の圧勝。
 城の南側を東西に伸びる通りを歩いた。誰もいなかった。堀の横の小さな小路。歩いていると気持ちよかった。ようやく運が向いてきた感じがした。
 そのまままっすぐ歩いていくと商家が集まってる通りに出た。これはかなり凄かった。普通、ちらほらと現代の建物が混ざっているのだが、あんまり歯抜けがなかった。これはいい場所を見つけた。
 17時、二階町に戻った。あれだけいた人はまったくいなくなり、店も閉まっていた。昼間の騒ぎが夢みたいだった。せっかくなので夕食はぼたん鍋にした。冷凍肉でも仕方ない。今度いつ来るかわからないのだから。事前調べで名前が出てきていたぼたん亭。特上カルビぼたん鍋は5300円。宿泊費よりも高かった。その代わりにうまかった。猪肉の臭みは、味噌スープに何か混ぜて消していた。〆のうどんの後、山椒だということに気づいた。独りで食べてたらすごく贅沢な気分に浸れた。入ってよかった。
 1835、二階町からバスで篠山口駅に戻った。徒歩5分でホロンピアホテル。古い感じ。チェックインしたら、GOTOトラベルの地域共通クーポン1000円をもらった。宿泊金額が小さいからもらえないと思っていたから驚いた。GOTO凄いな。部屋はきれいで広かった。空気清浄機と電子レンジがあるのは初めて見た。テレビが大きくて、一人がけのソファーとテーブルがあった。うちと同じモリタの冷蔵庫には笑った。ベッドにはシーガイア以来の枕が2つ。かなりいい部屋だと思った。しかし、隣の電話の内容が丸聞こえにはまいった。「元警察だけどお前の奥さんのメンタルのことはわからんわ」。大井町アワーズイン阪急以来の衝撃だった。
 丹波篠山は、まるで郡上八幡のようだった。鉄道は町のハズレに駅があり、お城、町並み、盆踊り。丹波篠山市長によれば、鉄道が町外れにできたから市街地が開発されなかったとのこと。関係ないだろ?武家屋敷は佐倉や角館、商家は内子や佐原。萩も近いかもしれない。昔の雰囲気をよく伝えるいい町だった。観光バスはうざかったが。二日目に続く。

2020/10/16(金)「再会」

 食堂で昼食を食べようとしていたら、向かいのMさんが私の後ろの方を見て、「Yさんがおる」と言った。まさかと思ったが、Mさんが言うなら間違いない。振り返ってみると、スーツを着たそれらしき人が一緒に来たと思われる人とご飯を食べていた。私は席を離れて近くまで行ったが、それでも本当にYさんかどうか自信が持てず、顔を覗きこんでようやくYさんだと確認できた。私は笑いながら「おかえりなさい。早いですね」と言った。Yさんはなんだかもう一人の方に気を使ってるようで、まるで別人みたいに見えた。Yさんは工場に用事があったらしかった。「時間があったら顔を出すよ」と言ってたものの、多分来ないだろうなと思った。夕方、待ってたけどやっぱり来なかった。Yさんらしくもあり、寂しいけど、これが現実なんだな。

2020/10/15(木)「崩壊」

 Kさんに仕事を頼んでいた。そしたら昼休みの終わり上司に「仕事が忙しいから昼イチの会議の時間をずらしたい」という話をにしてた。私は頭に来た。全員が出る会議をそんな理由ではずらせるわけがない。もし言うとしても仕事を管理している私に言うべき。論外だ。
 詳しくは書いてないが、今週に入ってから毎日キレるようになった。Yさんがいなくなって秩序が崩壊している。