びーの独り言

どこいくの?どっか。

2008/12/20(土)「旅行①」

 1時間くらいしか寝てないが、今日は何が何でも朝起きてやるという気合があった。ルート設定もなしで始発に乗って適当にスタート。千葉みなと−東京−熱海−静岡−浜松−豊橋−名古屋−松阪−伊勢奥津−家城−松阪。
 職場のTさんが、東京駅で6時に待ってる、と言ってた。私が18きっぷを教えたおじさんだ。一緒に行動するつもりはなかったのだが、東海道本線のホームで見渡すとTさんがいた。そのまま一緒に行動した。最初はほとんど寝ていた。2人で行動すると退屈しない。そのままできるだけ遠くまで一緒に行こうと思った。ターゲットはてっとり早く紀勢本線に絞った。名古屋でTさんと別れた。それにしてもここのところ名古屋率が高い。
 快速みえに乗った。関西本線は11月に初めて乗ったばかり。あのときのワクワク感がよみがえってくるようだった。快速みえは第三セクター伊勢鉄道を通った。旧国鉄伊勢線であり、自動的に別料金490円を取られた。こういう通過するだけの路線は第三セクターの中でも成績がよい。第三セクターにするならJRは通るなと言いたい。伊勢鉄道はほとんどその存在を感じさせることなく終了してた。比較的新しい路線であり、高架や突堤で高速化されていたくらい。線路は再び関西本線に戻った。松阪で下車。
 松阪からはローカル線の呼び声高い名松線に乗った。大学友人Sからその存在を教えてもらうまで記憶からも忘れ去られていた。代替交通機関がないという理由で存続している。こういう採算度返し的な路線は早く行かないと廃止されてしまいそうだ。そして、辺鄙度的にはかなり期待できる。名松線の「松」は松阪である、「名」は名張であるが、山の途中で終わってる。地図を見ると、平行している近鉄が山をぶち抜いて直線で名張を目指してるのに対して、名松線名張からそっぽを向くような線形。なんだかかわいそうになってくる。ワンマン1両に乗客は10人ちょっと。半分はマニアっぽい。最初は田園風景の中を進んだ。こないだの成田線に近かった。どこまでいっても同じ景色で眠かった。それでもだんだんと山が近づいてきて、川が沿ってきた。後半は川沿いだった。ディーゼルカーはほとんどスピードが上がらず、息も絶え絶えに頑張って勾配を昇っていった。カーブが多く、切通やトンネルの連続。どうしてほとんど人家がないのにこんな急峻な地形を切り開いたのか。その無駄っぽさが妙に心をわしづかみにした。終点の伊勢奥津にたどりつくころには200m以上も標高を稼いでいた。車止めの先はこれ以上進めそうにないくらい山奥だった。
 帰り際、腹痛に襲われた。この電車にはトイレがなかった。我慢してたが、とうとうギブアップ。家城という唯一の有人駅で下車した。ここで下車しないと他の駅にはトイレがなさそうだった。降りたくなかった。なんせ次の電車は2時間後。周囲を軽く探索したが、想像以上に何もない。駅の待合室でぶるぶる震えながら時刻表などめくっていた。次の電車が来たころには辺りは夜の帳に支配されていた。
 いろいろと今後のルートを選択しているうちに、今晩の宿泊は松阪になった。駅前の「エースイン」というホテルに飛び込んだ。ランシューに履き替えて、松阪の街中を走った。例によって城があったので3周。旅ランはかなりインパクトに残る。松阪出身のDさんに連絡して、松阪牛のおいしい店を教えてもらった。「一升びん」、普通の焼肉屋といった感じ。5000円のセットを注文。焼肉にはご飯がよく合う。運動しておなかが減ってるところに焼肉、これはヤバイ。楽しい思い出ができた。