びーの独り言

どこいくの?どっか。

2013/04/28(日)「会津1」

 関東私鉄乗り潰しで私の前に大きく立ちふさがっていたのは東武だった。第二位の路線長なのに、割引率が悪い。だが、GWで出かけるなら、逆に乗りごたえがありそう。
 乗り鉄の朝は早い。0448西千葉出発。西千葉―船橋―大宮―春日部―新栃木―宇都宮―新栃木―下今市会津田島湯野上温泉→大内宿入口→湯野上温泉塔のへつり会津若松
 今回は「ゆったり会津東武フリーパス」を使用。4日間有効で、日光から喜多方までがフリー区間となる。船橋からは6990円。
 東武野田線船橋から新鎌ヶ谷、柏、春日部を経て、大宮を結んでおり、JR武蔵野線の外側を通っている。今まで野田線のことを意識したことはなく、船橋東武が来てること自体が不思議だった。野田線は日曜日の早朝にも関わらず、そこそこ座席が埋まっていた。ほとんどがジャージ姿の学生だった。船橋を出発すると、しばらくは高架でやる気満々だったが、やがて畑が目立ち始めた。この沿線に住んでる人は一体どこに勤めているのだろうか?やっぱりJRに乗り換えるのだろうか?
 春日部からは北上した。区間快速会津田島行きに乗ると、クロスシートでトイレがついていた。特急以外にもついてるのか?やはりGWなのでリュック姿の人で座席が埋まっていた。沿線は思った以上に田んぼだらけで田舎だった。その中を電車は思った以上のスピードで駆け抜けた。
 新栃木から分岐している宇都宮線に乗って宇都宮へ向かった。宇都宮時代に東武に乗ったのはたった1回。フットサルのくじ引きで宇都宮の3つ前の西川田に行っただけ。東武の駅はJRから離れており、しかも家からは遠い方だった。宇都宮線もまたさみしい感じがした。まるでローカル線。だが、宇都宮に近づくに連れて、景色に家が増えてきて、それにあわすかのように乗客も増えた。宇都宮駅に到着。小さなターミナル。すっかり以前のことは忘れていて、まるで初めて来たみたいだった。
 新栃木から再び北上した。相変わらず田んぼばかり。新鹿沼を越えると山が近づいた。下今市で日光への車両を切り離した。そこには噂で聞いていた立ち売りさんがいた。腰の曲がったおじいさんが、車内をのぞきこみながら、しっかりとした声で「べんと、べんとう」と叫んでいた。結構売れていた。朝イチから出かけると、ちょうどいい時間だもんな。残念ながら私の胃袋は予約で埋まっていたのでパス。いつか食べて支援したいと思う。
 今市から先は乗ったことがある区間だった。ただしなぜかあまり印象に残ってなかった。ここからは単線になって、急に窮屈になった。逆に気持ちはワクワクしてきた。
 新藤原でさらに車両を切り離し、遂に2両だけになった。ここからは野岩鉄道野岩鉄道は比較的新しい路線で宇都宮時代にはまだ工事してたんじゃないか?車で何回か通ったけど、よくこんな山奥に通したもんだと思う。駅なんて無理矢理作っていて人っ子一人いやしない。いつ潰れてもおかしくないだろう。高規格でまっすぐ貫いていて、ほとんどがトンネル。トンネルの合間からちょびっと景色が見えるだけ。そりゃ印象に残らないわ。
 会津高原尾瀬口からは会津鉄道。旧国鉄会津線である。ここまで来ると、壮絶な山岳地帯を抜けて、会津盆地の南端となる。いかにも東北の山村といった雰囲気。昔の路線らしくぐねぐねと進んだ。
 1335湯野上温泉下車。「猿游号」という大内宿行きのバスが接続していた。大内宿は昔の宿場町がよく保存されていることで有名。宇都宮時代にKさんに教えてもらったが、来たのは今回が初めてだった。バスは1000円で乗り放題。普段は20分だが、運悪く大回りに当ってしまい、50分もかかるとか。閉所恐怖症の私は一瞬ひるんだが、バスだからなんとかなるかと。バスには15人くらいが乗っていて、すべての座席は埋まった。ガイドさんがとても快活な女性で気持ちも盛り上がった。バスは一台しか通れない道をぐねぐねと上っていった。
 大内宿には舗装されていない道の両側に茅葺きの日本家屋が並んでいた。まるで時代劇のよう。こんなところが普通に残っているのはすごい。日本家屋はどれも店になっており、多くの観光客で賑わっていた。バスの都合上1時間弱しか時間がなかったが、パッと見たらすぐに大体の雰囲気はわかった。高台の神社から町並みを見下ろして記念撮影。15時今日初めての食事、「本家玉屋」で祝言そばを食べた。なぜか長ねぎを箸の代わりに。正直食べにくかった。そばは少し変わった味だが、まあ普通かな。長ねぎが意外と美味だった。1000円は高い。場所代込みと思うしかない。
 16時湯野上温泉から一つ戻り塔のへつりに行った。いわゆる奇岩であり、崖がえぐれて道ができている。写真で見たことあるし、インパクトはなかった。ただし、私の目は別のところに向けられていた。通行禁止の向こうである。そこには、かつて道があった。実は廃道サイト「山さ行がねが」の管理人はここを通ったレポートをアップしていた。今までのレポートだと、いまいち廃道の厳しさがわからなかったが、初めてどんなレベルがわかった。こんな崖みたいなところ、みんなが見てる前で渡ったのか。完全にアホだ。
 18時会津若松に到着。今回会津若松を選んだのは、昨秋の旅行がすごく楽しかったからだ。宿泊は「グリーンホテル」。今回はちゃんと飲み屋も予約していた。でも、人気があるので21時から。それにここから2kmもあった。だから行きはゆっくりと歩くことにした。30分かかると書かれていたが、すぐに着いてしまった。早足になっていたかも。「籠太」、2回目。先客がすでに盛り上がっていた。にしんの山菜漬け、蹴飛ばし、ねば(乾燥納豆)、こづゆ、そして泉川の白。ずっとみんなの輪に入れかった。一番淋しいパターン。最後の最後にようやく声をかけてもらった。年輩の夫婦と女性2人。みんな酒飲みで楽しい人たちだった。最初からこちらから声をかけるべきだったなあ。これも旅である。しみじみと歩いて帰った。