びーの独り言

どこいくの?どっか。

2006/12/23(土)「お見合い」

 通算7回目。滋賀に来て5回目。お見合いおばちゃんプロデュース2回目だった。場所は京都市某所。自分の至らない点はたくさんあるのだが、それでもベストを尽くすしかない。落ち着いて冷静にいこうと思った。
 お見合いおばちゃんの意地なのか絶妙の取り合わせに思えた。3人でしばし談笑し、やがて2人に。京都は自信がなかったので、相手におまかせ。東山周辺を一緒に歩くことになった。先斗町祇園清水寺、丸山公園・・・。私って今の今まで京都の何も知らなかったのね(汗)。風情のある町並み、かつてブラウン管で見たことのある景色、歴史と文化に触れた瞬間。まるで巨大テーマパーク。天気は晴れていて、少し薄暗い冬空が広がっていた。景観条例により背の低いビル群、碁盤目状に整然と並んでいる。特徴のある京都タワーのおかげで京都駅だけはすぐわかる。一番外側には京都が盆地であることを証明するように山が連なっていた。もしかすると、これら全てが忘れられない景色になるのかもしれない、そんなことを思いながらしゃべりながら歩いた。冬は夕暮れが早く、同時に冷え込んできた。町に戻ると、商店街にはクリスマスの電飾。私はこのシーズンの電飾が大好きだ。「今年はいろんなことがあったけど、最後よかったなあ」って思った。いい流れのまま食事になだれこむことができた。心配していた会話全般は、途切れそうになると彼女が繋いでくれた。いらんこともたくさん言ったかもしれないが、お見合いでは感じたことのない安心感があった。もう少し時間を重ねれば、うまくいきそうかな。自然と次の約束もしたし今日のとこは満点。
 帰りの電車は、珍しくいい気分だったw。京都のいろんなとこを見れたし、面白い話もたくさん聞けたし、お見合いに対する否定的な感情も払拭できた。もしかすると、気乗りしないときほどうまくいくのかな、なんて思ってた。すると、おばちゃんから電話。今日の様子を聞かれたら、「次も約束したんですよ」と答えるつもりだった。
 伝えられたのは思いもよらぬ衝撃の事実だった。「あなたのところの親の宗教が問題です。」、確かにお寺に行ったからそういう話しはした。因みに、私自身は完全な無宗教。全く関心がない。やりたい人はやればという程度。その宗派は大嫌いだし、父親も毛嫌いしてる。だから、こんな話になるなんて夢にも思わなかった。聞いた瞬間、イラク戦争のイメージが湧いた。根深すぎる。無理。私一人だけの問題ならまだしも家どうしの問題。まだ今後どうなるかわからない段階で、問題を引きずって先に進むわけにはいかない。解決するにはこちらが折れるしかないが、親に受けた恩を忘れ、親を否定してまで、結婚を目指せるか?クリアするにはあまりにハードルが高い。結局のところ、宗教まで問題になると思ってなかった私の落ち度。もう少しお見合いについて真剣に考えるべきだった。事前にわかっていれば会うこともなかったろう。おばちゃんはじめ各方面に多大な迷惑をかける結果となった。さらに、おばちゃんにも「あの宗派はイカン」と厳しくダメ出しをされて、これが最後のつきあいになりそうだ。世の中、自分の力ではどうしようもないことがたくさんある。これこそ縁がなかったということだろう。
 失敗すれば立ち上がればいい。踏まれるほど強くなるんだよ。悲しみは喜びの伏線だ。ただ、乗り越えるための時間も必要です。