びーの独り言

どこいくの?どっか。

2011/01/29(土)「旅行1」

 いろいろ考えているとあまり寝付けなかった。だんだんと実感が湧いてきたのかもしれない。
 ウィークエンドパスを使用。旅程を組まず始発でスタート。京葉線でルーティング。千葉みなと―東京―高尾―甲府―松本―新島々―松本―篠ノ井―屋代―須坂―湯田中―長野。
 高尾より西の中央本線は山の中をグネグネ走っていく。比較的高いところを走ってるので見晴らしがよい。特に小淵沢辺りは気持ちがいい。遠くの山を見ていると旅行にきたという感じがした。足下暖房のせいで半分くらいは寝ていたがw。
 松本電鉄は松本から新島々を結んでいる。なんの特徴もない路線だが、子供の頃から新島々という駅名だけは頭にこびりついていた。路線は駅間が短く、駅舎はぼろぼろだった。新島々駅は山に挟まれた狭い隙間にあった。ここは穂高に向かうバスターミナルになっているが、降りたのは私ともう一人だけだった。昔はこの先の島々駅まで延びていたが、台風で線路がやられて廃止になってしまった。島々駅の駅舎は新島々駅の目の前に移設されており、山小屋風の三角屋根でインパクト系であった。バスが来たが、乗る人は一人だけだった。改札を入ったら後方で「なんで山なのに島々っていうんですか」という声が聞こえた。バスの乗客が駅員さんに質問しているようだった。因みに新島々は元は赤松駅であり、その名前だったらインパクトはなかっただろう。また島々駅から島々の集落までは5kmも離れている。わざわさ島々という駅名を選んでいるということは、島々という響きのよさを認めていたのかもしれない。
 篠ノ井線は松本から長野を結ぶ重要路線であり、姨捨駅からの景色は日本三大車窓に選ばれている。今までに何度も通っているが、いつもテンションが上がる。長いトンネルを抜けると雪景色になり、白い善光寺平が広がった。冬に見るのは初めてかもしれない。季節が違えば、印象も変わる。
 長野電鉄屋代線は前に乗りそびれたところであった。とても接続が悪い印象。噂では廃止もささやかれていたので、さっさとクリアしたかった。屋代駅長野電鉄側のボロさが凄かった。跨線橋や待合室がオール木造。放置プレイ状態。ここにはなぜか同業者がいた。景色はひたすら田舎、冬の田んぼは雪化粧、遠くには山みたいな。須坂到着により長野電鉄制覇。須坂から湯田中へ向かった。特急を使ってみた。特急料金は100円。安い。長野電鉄の特急はパノラマカーみたいなのだが、この特急はマルーン色だった。しかも、同業者がうろうろしてるし。乗ると床がベコッて凹んだからビビった。そんな車両かつてなかったぞ。昔の特急をマルーン色に塗ったようだ。湯田中までは以前も乗ったことがあり、そのときも冬だった。雪に埋もれているリンゴ畑の間を通り抜けたことを覚えている。今回も全く同じで、すごく長野っぽい景色だった。それにしても屋代線の車両はドアカットして暖かかったのに、本線の車両は寒い。ドアカットすればいいのに。
 長野にもいつの間にか「東横イン」ができていたが、満員だった。歩いていたら、新宿行きのバス乗り場があった。長野マラソンのとき皆を見送った場所だ。そして、その後ご飯を食べた「大阪王将」が駅の中に見えた。もう少し歩くと前回ブログを書いたネカフェがあった。さらに進むと前に泊まった「ホテルニューナガノ」があった。いい印象はなかったけど、他にないので決めた。前回は居酒屋を探した挙げ句、ホテル併設のところに行って失敗した。そういう意味で長野には借りがあった。ネットで調べるとよさそうなところがなかった。そもそも名物がおやきとそば、馬刺。馬刺?熊本に勝てるのか?フロントに聞いて有名店だという「ごとく亭」にした。馬刺は柔らかかったが、熊本ほどうまいとは思わなかった。信州サーモンはうまいけど、やたらと高かった。食べるのを止めて、ずっとさいとうたかをの「武田信玄」を読んでいた。昔の武将はあっけなく死んでいった。今よりも昔の人の方が必死に生きていたのだろう。最後は蕎麦でしめた。もし、長野でここがおいしいと言われるなら、私はもう長野では飲まないなあ。