びーの独り言

どこいくの?どっか。

2007/04/15(日)「長野マラソン」

 朝4時半起床。さすがに眠い。旅館の布団は離れがたくw。5時から食事。3倍食べたかったが、シャトルバスがあるので遠慮。5時50分、旅館のバスで道の駅に運んでもらい、そこからシャトルバスでスタート地点まで。後で知ったのだが、スタート地点から離れている湯田中渋温泉の宿が紹介されるのは、2003年までのスタート地点が近くだったことと関係があるようだ。スタートとゴールが離れすぎていて公認を得られなくて現在のスタート地点に変更になったとか。現在のスタート地点到着は6時30分。3つのスタジアムがありかなり広い運動公園。トイレの数も充分でほっと一息。少し肌寒かったので、ギリギリまでジャージを着込んでいた。
 スタートは8時35分。最後尾だったので、ゲートをくぐるには約5分かかった。一応の目標をキロ6分半と定めた。最初はいつも調子が出ない。この先どうなるのかなという不安な気持ちを抱えていた。ちょうど5kmすぎまで上り坂、善光寺前を左折して長野駅方向に向くと下り坂。道の両側にはビル群、歩道には大応援団。この応援がもの凄かった。ずっとひたすら応援。和太鼓や吹奏楽、中年男性によるコーラスまであった。ぶわっと感動がこみ上げてきて、不安な気分は一掃された。応援の威力ってこんなにも力強いのか。この時点で長野に来て良かったなあって思った。いつの間にかキロ6分になっていたw。市街地を抜けていくと、さすがに応援の数は減ったけど、熱意は変わらなかった。ほとんどの人が旗を振りながら「がんばれー」って応援してくれた。のぼりやメッセージボードを持ってる人が多かった。見てるだけで楽しかった。1kmごとに距離表示があるのも嬉しかった。表示を持っている高校生も元気を分けてくれた。どこまでも暖かい雰囲気に包まれていた。
 あまりにも気分良く走っていたので、自己新が出るかもと思うくらいだったが、それは20kmの五輪大橋まで。中間点では2時間10分51秒、つくばマラソンのときより10分も早い。それどころか高槻ハーフや京都ロードよりもいいタイム。こっからの練習はしていない。練習不足と日頃の不摂生は正直だった。普通に足を使いきったのは明白だった。確固たる裏づけがないと気持ちも萎えてしまう。そっからはほとんどウォーキング。背中に名前を書いていたせいで、ランナーや沿道から名前を呼ばれた。河口湖のときは1回しか呼ばれなかったのに、ここでは10回以上呼ばれた。手を振って笑顔で走り出すもちょっと走っては止まってしまう。嬉しいのだが情けなかった。なんとか30kmの関門は通過できたが、35kmは無理だとわかっていた。千曲川の堤防沿いは美しかった。桃、桜、菜の花の競演、遠くには雪の残る北アルプス。歩きながら信州の春を満喫。走ったらもっと気持ちよかっただろうに。後から追い上げてくるパトカーと収容バスが徐々に大きくなっていた。
 結局、35.7kmの関門不通過、4時間31分17秒で競技中止となった。太ももはそんなに痛くなく、下りの階段も平気だった。人生や過去の自分を振り返ることもなく気がついたら終わっていた。何が悪いと言われれば、走る前から勝負はついていたということだろう。目標や強い意志がないと走ることはできない。ましてや練習しないで走れるわけもない。妙に納得してる自分がいた。
 着替えて会場を後にした。高速バスに乗り込むMBの面々を見送り、私は独り行きと同じルートをたどった。今回の旅ではいろいろな経験ができた。長野マラソンは沿道の声援が暖かく、また走りたいなあと思ったのが全て。大会関係者の皆様、沿道の皆様ありがとうございました。長野最高!また、MBの皆様にはいつもどおりたいへんお世話になりました。今回もとても楽しかったです。いろいろとよくしてもらってとても感謝。何物にも変えがたい素晴らしい仲間たち。またどこかで会いましょう。ありがとうございました!