びーの独り言

どこいくの?どっか。

2008/09/06(土)「広島①」

 今回の遠征は、最後の広島市民球場を見ようということだった。疲れをとるためギリまで寝た。10時にチェックアウト。13時開門までは少し早かった。市電を使わずに球場まで歩くことにした。紙屋町そごう3Fのバスセンターのコインロッカーに荷物を預けた。隣はメルパルク、さらに隣は市民球場、通りを挟むと原爆ドーム
 広島には思い出が多い。一番最初は小学校6年生のときの修学旅行。原爆ドームから宮島を回った。原爆ドーム横の市民球場から「バッター斎藤」というウグイス嬢のアナウンスが聞こえた。確か2軍の4番だったと思う。二番目は、M2のときの学会。広島市内に宿泊して西条の広島大に行った。なぜか他の大学の奴と市民球場に行った覚えがある。スクワット応援に感動した。三番目は入社してすぐに呉に赴任したとき。呉には1年住んでたが、何度か広島市内まで出た。1年上のKさんに連れられて、東急ハンズレッドバロンに行ったことが強く印象に残っている。また、現場のNクンとIさんと広島−阪神を見た。このときは阪神の応援をした覚えがある。四番目は宇都宮に赴任してからしばらく経ってから、Yさんの結婚式。メルパルクに泊まった。二次会が面白くて、予定を変更してチサンホテルに泊まった覚えがある。五番目は3年前、滋賀に転勤になった直後、MBS氏との遠征。しまなみ街道をチャリで渡り、広島から宮島へ。このあと阪神は優勝した。
 11時に市民球場前に着くと、既に多くの人で賑わっていた。メガホンを現地調達。時間があったので、アーケードへ。「ぷよまん」を探したが、店はなくなっていた。お好み村の方へ歩くと、手前にセガのゲーセンがあった。「コラムス」を探したが、なかった。代わりに「天地を食らうⅡ」を発見。すんげー懐かしかった。
 12時半にバスセンターでMBS氏と合流。13時開門。グルメを堪能するつもりが、徹底的にメニューがなかった。うどん、焼きそば、チャーシューメンくらい。450円のてんぷらうどんを食べた。昔ながらの味で旨かった。球場を探検すると、売店があんまりなかった。グラウンドまでの距離が近かった。座席はドリンクホルダーもなく、色褪せていた。この雰囲気は好きだけど、やはり全体が古めかしい感じは否めなかった。
 席はバックネット裏2階席の一番上だった。グラウンドを完全に見下ろしてた。投手の投げる球が変化する様が見えた。暑くてたまらなかった。ジュースばかり飲んでいた。
 今シーズンの阪神は2位に13ゲーム差の独走だったのに、オリンピック以後調子を下げて、一方2位の虚塵が調子を上げて、3.5ゲーム差まで追い上げられていた。広島は、シーズン前の下馬評を覆し、プレーオフ出場圏内にとどまっており、昨日も阪神を破っていた。
 15時開始。阪神の先発は最多勝を狙う安藤投手。広島は若い斎藤投手。組み合わせ的には阪神が勝って当然なのだが。そのとおりに1回に1点を先制。2回には関本選手のホームラン。3回も満塁で攻め立てたが、関本選手がゲッツー。ここからおかしくなった。広島に1点を返されて、さらに2点入れられて逆転を喫した。しかも、逆転のきっかけはエラーだった。このままずるずる行きそうな悪い流れだったが、矢野選手のタイムリーで同点。そのまま、両者細かい継投策で点が入らず、延長戦に突入。11回裏には阪神は久保田投手が登板。球場内が微妙な空気に包まれたw。12回表、広島は大島投手が登板。阪神はこれを攻め、2アウト2塁3塁。ここで鳥谷選手が決勝打。5−3の勝利。4時間30分、今期2番目の長さ。終わったときにはナイターになっていた。
 広島は選手を育てるのがうまく、玄人好みの選手を多く輩出してきた。しかしながら、FA制度により選手の流出が続き、もっとも優勝から遠ざかっている。ライトスタンドのファンは、ジェット風船、鳴り物、スクワット応援を生み出した。応援の激しさは12球団でもトップクラスだ。堅実経営であり、古くから地方に密着してきた。勝利至上主義のどこぞの金満球団とは違い、創意工夫努力で乗り切ってきた。広島市民とともに歩み、広島市民に愛されてきた。派手さはないが、とてもよいチームだ。
 試合終了後、21時発最終の高速バスで岩国の錦帯橋に移動。「岩国国際観光ホテル」にチェックイン。高級ホテルだ。真っ暗な錦帯橋を渡った。ここに来るのは2回目。呉時代にYさんと来た。暗くて足元が微妙。周りは山と川。さて、ホテルの露天風呂からも錦帯橋が見えた。目を閉じれば虫の声がきれい。鈴虫だった。部屋の窓からも錦帯橋