びーの独り言

どこいくの?どっか。

2024/05/04(土)「黒石&弘前」

 村の駅よもっと。3時半にトイレ。二度寝して起床は545。朝食後、昨日のブログを執筆。昨日の三厩駅掲示されていた「津軽」の一文を探したが、遂に見つけられなかったorz。「津軽」を斜め読みしてみると情報量が凄かった。津軽の名所がたくさん書かれてるようだった。旅行の前に読んでおけばよかった。物書きというのは博覧強記でないとダメなんだろうなあ。
 805、出発。つがる市の亀ヶ岡遺跡の施設に向かった。山道を通り金木へ。金木には太宰治の実家である斜陽館があった。寄り道することにした。
 845、太宰治記念館「斜陽館」。2011/1/9以来3回目。9時の開館まで並んだ。2番目だった。600円。やはり太宰治の文章はエレガントだった。展示している手紙からも気品が感じられた。どうやったらこういう文を書けるようになるんだろうか?太宰が自殺したのは、完璧を求めすぎたからのような気がした。考え抜いても答えは見つからない。生きてる限り苦しい。苦しみがない世界に行くには・・・。今回で斜陽館は3回目だったけど、まるで初めて来たかのような感覚だった。久しぶりにまた太宰治が読みたくなった。
 955、芦野公園。いつも斜陽館とセットで訪れていた。旅行を始めた最初の頃に訪れたので特に思い出深い場所だった。車で来るのは初めてだった。一瞬懐かしい景色が現れたが、駐車料金が1000円なので止めた。もう車では行くことはないだろう。
 1020、つがる市縄文住居展示資料館カルコ。200円。亀ヶ岡石器時代遺跡の展示があると聞いたので無理して訪れた。ここはつがる市の遺跡すべてを紹介していた。結局、亀ヶ岡に特化しているわけではなかったので、亀ヶ岡遺跡の情報はボランティアガイドさんの説明がすべてだった。亀ヶ岡を専門の博物館を作った方がいいのではと思った。
 1110、木造駅。駅舎の前面に駅舎を越えるような巨大な遮光器土偶のモニュメントが貼り付いていた。よく見ると、目が赤と青に光っていた。町起こしとしてはインパクトがあっていいと思った。
 1115、黒石焼きそばが食べたいので黒石に向かった。黒石焼きそばは2014/5/5に新青森駅で食べていたが、やはり本場で食べてみたかった。また黒石も乗り鉄で2回訪れていたが、観光まではしていなかった。見たいものがあった。津軽道の津軽柏ICから五所川原東ICへ。地道で黒石へ。
 つゆ焼きそばの店を探した。1210、妙光。つゆ焼きそば大盛。店の壁には「焼きそばを作っていて誤ってラーメンの汁を入れてしまい、食べてみたらおいしかった」と書かれていた。また新青森の時の記録によれば、焼きそばのスープはソース味と書かれていた。実際スープはソース味だった。まさにB級と言える味で一口目の後はただの苦行となった。
 1305、こみせ通り駐車場からこみせ通りへ。こみせとは江戸時代のアーケードである。店先の通りに屋根をつけて、雪が入るのを防いでいる。道路側には柱が並んでいて、まるで道路で出てくる洞門のようだった。こみせと道路の間は細い溝になっていて水が流れていた。雪を流すのだろうか?住宅は三角屋根となっていて、そのうちの一つには巨大な杉玉があった。説明では酒林となっていて、どうやら日本一の大きさではないかということ。こみせ通りの中では高橋家住宅が重要文化財だった。中は喫茶店になってるようだった。少し行列してるところがあった。つゆ焼きそばの「すずのや」というお店だった。こっちにすればよかったかな?黒石には正直あまり期待してなかったが、かなり雪国の雰囲気を感じることができた。来てよかった。
 駐車場の前に時計台のような縦長で背の高い建物があった。木製で西洋風で全体はピンク色。まるで一刻館のような?大正13年建立の黒石市消防団第三分団第三消防部屯所だった。中には古い消防車があるらしかった。東北には普通にこういう年期の入った建物が残ってそうなんだよなあ。
 1340、出発。近くの田舎館村に向かった。田舎館村は田んぼアートで有名だった。ただ、この季節はまだ田植えが始まってないので、何もない恐れもあった。それでも、ワンチャン何かあるかもと思った。
 1355、田んぼアート第二会場。弥生時代の博物館があった。でも、スルー。展望台があったが、誰も上っておらず、田んぼアートはやってなさそうだった。だだっ広い広場の端に弘南鉄道田んぼアート駅がポツンとあった。
 1405、出発。近くに積極的に見たいものはなかった。かと言って次の町へ移動するには距離が離れていて明るい間に動くのはもったいないと思った。近くの弘前はもう何度も行ったことがあった。それでも少し気になっている物があったので行くことにした。
 禅林街。ここは寺町でありたくさんの寺があった。2009/10/4の弘前ラソンの次の日にHさんとTさんが早朝に自転車に乗って行ったと言っていた(と記憶している)。どんなところだったのか興味があった。さらにその後に寺巡りをするようになったからなおさら。
 長勝寺という寺が重要文化財であり、一番有名のようだった。そこを起点にして道の両側には杉並木が広がり、寺が並んでいた。杉並木の写真を撮ったら、BeatlesAbbey Roadのジャケット写真に似ていることに気づいた。その場で、Abbey Roadの写真を確認して、手前に横断歩道がくるように写真を撮り直した。なかなかの出来映えで独り悦に入った。Abbey Roadとは修道院通りの意味だから、寺との奇妙な符合がなおさら笑えた。
 禅林街をいっぺん走り抜けると、端には雰囲気のある黒い門があった。見たまんま黒門というらしかった。おそらくこちらが弘前城に近いので入口だと思われた。
 1450、長勝寺。三門、御影堂、庫裏、津軽家霊屋のすべてが重要文化財だった。江戸あたりの創建なので比較的新しい部類ではあるが、長年の風雪のせいでずいぶん年期が入っているように見えた。庫裏には、たくさんの仏像があった。岩木山神社から神仏分離により持ってきたそうだ。今回の旅では東北にもまともな仏像があることを知ったのが収穫だった。昨年の岩手県立美術館「みちのくいとしいほとけたち」で、変な先入観を植え付けられてしまっていた。それから本当に神仏分離は最悪の施策だと改めて思った。イスラム国がガンダーラの仏像を破壊したり、中国が文化大革命をやったり。改革者は既存の文化をやたら破壊しようとする。壊すのは簡単だが元に戻すことはできない。
 せっかくなので弘前城に行くことにした。弘前城現存十二天守の一つだった。過去に2度は訪れており、弘前ラソンの時はもう行きもしなかったくらいだが、天守閣にはお金を取られるし行列ができてたために上ったことはなかった。城巡りを始めたのはその後だったのでこれも少し心に引っかかっていた。もう桜の季節は過ぎたから落ち着いてるだろうと思ったが、あちこちに臨時駐車場があった。500円と書いてたから、そんなもんかと思ってある所に入ってみたら1000円だった。いくらなんでも倍増はないだろ!暴利を貪りすぎぃ!
 弘前城には桜のトンネルの埋門から入った。お堀が美しかった。こんなに大きかったっけと思った。本丸へ向かったら、途中でゲートが現れた。こんなんなかったけどなあ?入場に320円。金取るようになったんかい!どうせ天守閣で払うつもりだったからいいか。
 弘前城の後ろには足場が組まれていて、普段撮れない角度から写真が撮れた。弘前城の正面には八重桜が咲いていた。よく写真で見かけるやつだった。でも、花に元気がなかった。仕方ないか。桜が入るように城の写真を撮った。
 弘前城の中はあんまり見るべきものはなかった。この城は1810年の再建なので、あまり古くはなかった。弘前城は2015年8月から石垣修理のために場所を曳家した。そう言えばそんなのあったような?城の中ではその時の話を詳しく紹介していた。どうやら100年前にも動かしていたようで、よくあることなのかもしれない。
 弘前城の北のエリアには昔から出店がたくさんあった。黒いこんにゃくを食べたことを覚えていた。今回もそれを探したが、一向に見つからなかった。記憶違いだろうか?
 そのうちステージが現れて、大行列していた。どうやらアイドルが並んで握手会のようなものをしていた。アイドルと言っても、皆幼い子供のようにしか見えなかった。とても危ない商売に思えた。ステージのスケジュール表を見ると、リンゴミュージックと書かれていた。誰かが「りんご娘」がどうのこうの言っていた。地元では有名な何かなんだろう。
 1620、カランカランアイス。秋田のババヘラアイスのようにおばさんが売っていた。「弘前アイス組合」と書かれていた。東北にはアイスクリームを売るそういう組織があるのかな。200円。見た目も味も大阪で言うところのアイスクリンだった。おばさんに黒いこんにゃくについて聞いてみた。すると、「売れないから数が減った。坂の上にあったよ」と言われた。
 坂の上に向かう途中でお化け屋敷があった。昔、これを見た時は驚いた。出店でお化け屋敷なんて。でも、芦野公園でも見かけたし、東北では当たり前なのかもしれない。毎回中がどうなってるのか気になるのだが、今回もスルーした。
 黒いこんにゃくはジャンボおでんという名前だった。わざわざ唯一の店と書いてあった。200円。安い!こんにゃくを持ってると、女の子の集団に「見てみて、あんなに黒い」とキャーキャー騒がれた。こんにゃくを食べると、黒いのは外側だけで中は灰色だった。うっすら醤油っぽい味がするだけで特段おいしくもなかった。そうそう、こんなんだった。確かに売れなくなるのもわかるような。
 桜のトンネルに行った。弘前城は桜が有名だが、特にこのトンネルが有名である。満開の桜は2010/5/3に見たことがあった。私は青葉も好きである。喧騒から解放された桜のトンネルは通常の静けさを取り戻し、その緑は日の光を浴びて生命力に溢れていた。桜は咲いてなくても、これはこれで美しくて楽しむことができた。私は人混みにまみれるよりは断然こちらの方が落ち着くんだよなあ。
 今日は21時まで開門してた。まだ城の他の櫓や重要伝統的建造物群保存地区を回るなどできたのだが、流石に疲れてきた。またそろそろ次の目的地に近づいておきたかった。余白を残して、1705、出発。
 その前にご飯を食べたくなった。弘前と言えば、いつも津軽三味線を聴ける居酒屋「あどはだり」に行っていた。ここはMBS氏の親戚のおじさんがやってる店だった。調べると、親父さんは亡くなってしまい、一度閉店したが、今は娘さんが復活させたようだ。17時半、あどはだり。店の外観の雰囲気は変わらないけど、新装されていた。玄関に貼り紙がしてあって「本日は予約で満席」となっていた。繁盛してるようでなにより。
 1735、最勝院五重塔。ここのことは知らなかったが、やたら道路標識に出てきたので寄り道してみた。この五重塔重要文化財だった。寺の中には入れなかったので外から写真を撮るだけにした。
 1750、秋田に向けて出発。1810、給油。国道7号線をひたすら南下。ひたすら山のぐねぐね道。どこを走ってるのかさっぱりわからなかったが、羽州街道と書かれていた。たまに線路が見えるので奥羽線沿いではないだろうか?自動車専用道(秋田道)になったりならなかったり。基本的に片側一車線でキャラバンのように車列を作った。途中で自動車専用道から一般道になったところで、追い越し車線ができたと思い、追い越そうとした。100km/hでぶっとばしたら前方から車が来てマジで死ぬかと思った。車線を戻って事なきをえたが、ずっと動揺していて、切り替えようと思ってもすぐには難しかった。ちょっとした勘違いで死にそうになる。車は恐ろしいものだと改めて思った。
 いつからか有料道路となり秋田北IC下車。2010、ローソン秋田北インター店で休憩。疲れた。
 なか卯秋田土崎港店で遅い夕食。太るぞ。
 2135、ユーランドホテル八橋。カプセルホテルやサウナとか。700円。えらい混んでいた。サウナーばっかりで完全に場違いだった。
 道の駅あきた港。今回で3度目。秋田市内にあって使いやすかった。ブログを打ったが、あんまり打てないまま眠くなった。