この本を買ったのは、明日香の万葉文化館だった。奈良のあちこちを回っていると、かつて漫画日本の歴史で覚えたはずの、歴史の流れがいまいちわからなかった。一度全体の流れが知りたかった。題名からしてこの本なら私のもやもやを晴らしてくれそうな気がした。
持統天皇は、乙巳の変を起こした中大兄皇子(天智天皇)の娘であり、中大兄皇子の弟の大海人皇子(天武天皇)の妃である(ややこしいw)。若い頃は鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)と呼ばれていた。
奈良時代の歴史は天皇家を中心とした勢力争いで大体のところが説明できる。その当時天皇になる条件は今と異なっていた。天皇を継ぐのは天皇の息子ではなく弟であり、年齢は30歳以上、死ぬまで譲位はできなかった。
天智天皇は本来なら弟の大海人皇子に天皇の座を渡さなければいけなかったが、自分の息子の大友皇子に継がせたかったので、大友皇子に最重要ポジションを与えた。弟である大海人皇子は身の危険を感じて、出家して吉野に籠ってしまった。天智天皇が崩御してから、大海人皇子は鸕野讃良皇女とともに壬申の乱を起こし、戦いに勝利した後に天武天皇となった。
しかし、鸕野讃良皇女は、自分の息子である草壁皇子を天皇にしたかった。草壁皇子は天皇になるには若過ぎた。天武天皇が崩御してからは、鸕野讃良皇女が持統天皇となり、草壁皇子が30歳になるまで繋ぎを果たした。
持統天皇は、真っ先に草壁皇子のライバルである、持統天皇の姉の子供大津皇子を謀反の罪で排除している。
しかし、草壁皇子は28歳で亡くなってしまう。持統天皇は草壁皇子の息子の珂瑠皇子(かるのみこ)を15歳で無理矢理文武天皇として即位させ、前述したこれまでの慣習をすべて覆した。
その後は、持統天皇が文武天皇の後見人となり、ここから院政が始まることとなった。因みに文武天皇の息子は首皇子(おびとのみこ)、後に奈良の大仏を建立した聖武天皇である。
この本では飛鳥時代の歴史の流れがよくわかった。著者が登場人物の心情を深読みしてるのが、物語を読んでるみたいで面白くもあり、思い込みが入ってるかもしれないので危険だと思った。真実を探りたいなら他の人の著作も当たることをお薦めする。
次のレビューは聖武天皇の時代を描いた「光明皇后」である。