びーの独り言

どこいくの?どっか。

2020/12/28(月)年休「勝田」

 7時、起床。すぐに朝食。チェックアウトしてから、吉塚駅へのバスを探したが、あまりにも複雑すぎて断念。829の地下鉄で博多駅へ。リュックが重いので、コインロッカーに使わない荷物を入れた。この重さでは歩けないなあ。後の計画を見直さなければ。なぜ天神駅のロッカーを使わなかったのかはさておき、851の快速で隣の吉塚駅へ。
 国鉄勝田線は吉塚筑前勝田の13.8kmを結び、糟屋炭田で採掘された石炭を運んでいた。1918年9月に開業し、1985年4月に廃止された。博多駅の隣の駅に接続していたことから、今残っていれば利用価値は高かったと言われるが、国鉄の末期に急ぐように廃止された。
 9時に探索スタート。吉塚駅の東口に出ると、高架があった。この高架は篠栗線で、勝田線はしばらく篠栗線と並行していた。高架沿いに歩きながら、この地面を篠栗線が走っていたんだなと想像していた。高架から少し離れた奥には鹿児島本線とおぼしき線路があった。そのままずっと進んでいくと車道にぶつかり、高架を潜ったところに怪しげな踏切があった。怪しげだけど、あれは鹿児島本線だから関係ないよなと前に進むと、高架は鹿児島本線をオーバークロスした。篠栗線鹿児島本線をオーバークロスなんてしないんだが?何かがおかしいと思い、グーグルマップを見ると、篠栗線だと思ってた高架は新幹線で、鹿児島本線だと思ってた方が篠栗線だった。駅の真横に新幹線が通ってるとは思わなかった。
 さっきの踏切に戻ると、歩鉄の達人に出ていた場所だった。だから怪しいと思ったんだな?その踏切以上には戻っても、遺構はなさそうなので先を急いだ。
 篠栗線柚須駅に着いたのは1時間後だった。ここまでで時間がかかりすぎてる気がした。勝田線はこの駅から分岐していた。正確には分岐の跡にこの駅ができた。駅の構造がいかにも分岐してるように広がり、その先には自転車置場があった。
 自転車置場の先は遊歩道になっていた。遊歩道は歩きやすかった。道がわからなくなる心配もなく、ひたすら遊歩道を歩く展開。先週の無機質なピーチライナーよりはよほどマシだった。遊歩道は途切れそうで途切れずに続いた。途中、3箇所くらい、車道とぶつかり、横断歩道がなかった。遊歩道ってなぜか横断歩道つけてくれないんだよな。
 志免駅が今回の大きな目的の一つだった。ここは鉄道公園になっていて、左には志免炭鉱の竪坑櫓が見えるはずだった。竪坑櫓はものすごく巨大なコンクリート建造物で、写真からでもかなりのインパクトがあった。1120、志免駅が見えてきた。左の方に目を向けると、ネットで覆われたまるで高層マンションの建設現場のような建物があった。うそやろ?なんであんな廃墟を補強してるんや?せっかく来たのにこれはないわ。もう二度と来ることはないだろう。
 遊歩道が途切れて一般道に飲み込まれた。川沿いの道を進んで行くと、JR香椎線の踏切にたどり着いた。後述の理由でこれは道をロストしていた。歩鉄の達人を開き、正しいルートに戻った。
 12時半、宇美駅。宇美駅は香椎線の終着駅で現役。昔は勝田線と接続していた。面白いことに、同じ駅なのに場所は100mほど離れていた。小学生の頃、「親子でチャレンジ2万キロ」という本を読み、そこにこのエピソードが書かれていた。私の原体験の一つになっている。
 勝田線はまだこの先に終点の筑前勝田駅まで延びていた。この辺りでご飯でも食べようかと思って、歩きながら探していたらとても店などなさそうな感じとなった。失敗したと思った。13時過ぎにジョイフルを見つけた時は心の中でガッツポーズした。旅行らしく博多もつ鍋定食。腹が減っていて何を食べてもうまく感じそうだった。
 1345再開。残りはわずかだった。廃線跡は再び遊歩道になり、勾配を上げていき、やがて山が近くなってきた。14時過ぎに終点の筑前勝田駅に到着。公園には何もなかった。なんの説明書きもなかったから。全線通じて何の説明もなかった。この辺では炭鉱関連の廃線なんて珍しくないからかもしれない。
 1442勝田バス停から西鉄バス宇美町役場入口で乗り換え。バスの乗り換えは珍しい。初乗り取るの止めてくれない?1453出発。歩いている時は気づかなかったけど、町は普通に栄えていた。道路には車が渋滞し、鉄道なんか必要ないように見えた。福岡空港前バス停で下車。
 1529地下鉄空港線福岡空港駅。地下鉄はキャリーバックの人でいっぱい。コロナが怖い。博多駅まで2駅とは。異常に近い。このまま乗れば天神まで行けるのに、降りなきゃいけないのが悲しく。
 コインロッカーで荷物を回収。ファミマで地域共通クーポンを使った。無理矢理ペットボトル買い込んだので処分に困っている。。
 再び地下鉄空港線天神駅まで。16時半、ミープル天神。店長しかいなかった。2人でイッツアワンダフルワールド×2。そしたら常連さんが来て3人で拡張入れてやることに。初手のリサイクル工場建てれずお陀仏。
 ポルト。背の高い家を建てていくゲーム。多分、次から本格的になるのでは。
 クルー。ミッションカードがあり、皆で協力してクリアする。組み合わせの妙やね。
 0時前、昨日の東横イン。ポイントでダダ。日中ブログが書けなかったので、大急ぎで書いた。夜にミープル行くと、昼間の活動に支障が出そうやね。時間がない。

2020/12/27(日)「天神」

 朝4時頃までふるさと納税してて、旅行については考えなかった。9時に起きたけど、旅行したいという意欲は高くなかった。しかし、家で寝るだけなら死んでるも同然だ。プランが立たない中、とにかく出かけることにした。そうしなければ、この男は何もやらない。そして、なんとかしてきた。
 荷造りが普段と違った。薬がたくさんあったり、体温計を持っていったり。リュックは重くなった。これでは廃線歩きはしんどいかもしれない。
 11時半に出発。新大阪駅で駅弁を買った。北前廻船丼のかにうにいくら。人気ナンバーワンだそう。聞けば福井の駅弁とのこと。
 1238ののぞみ23号。めんどくさくなって指定席。コンセントあったことをすっかり忘れてた。Wi-Fiも翔んでるのか?旅行のプランを立てるべく、車窓も無視して調べまくった。
 1506博多駅着。地下鉄空港線天神駅へ。空港線は車輌のサイズが普通なんだな。今日はミープル天神へ。ボードゲームへの興味はほとんどなくなってるけど、新しい店を見たいのと久しぶりに店長に会いたくて。
 ミープルが入居する雑居ビルは簡単に見つかった。ビルの隣が空き地になっていて、ビルの側面が見えた。京都と同じで笑った。側面にはおびただしい数のスプレーによる落書きがされていた。あんな場所にどうやって書いたんだ?ビルの入り口は写真で見たまんま。でも、中に入ると怪しい居酒屋ばっかり。導線もなんか変で。4階に上がると、ドアは閉まっていた。これ、初めての人は入り辛いだろうな?
 扉を開けると、ピンポンと鳴った。靴を脱いで上がるシステム。すぐに店長が出てきた。最初誰だかわからない感じだったから、俺俺、とマスクを取ったら気づいてくれた。
 店は真ん中に入り口があって、左右に和室があった。右が3部屋、左がキッチンとゲーム置場でその奥に2部屋。テーブルは7卓で、4組のお客様がいた。
 店長と今の状況とか昔話をした。特に誰も来ないので、2人でバトルライン、それからライムを2戦、アグリコラリバイズド、イッツアワンダフルワールド。出町柳の時のようなただ楽しい感じ。やっぱり店長がいいよな。
 23時、撤収。東横インへ。GOTOの最終日。3000円は安い。
 やっぱゲームは人だよなあ。福岡の人と遊べなかったから、もう一度行こうと思う。

2020/12/24(木)「旅行」

 冬休みは旅に出ることは決定しているが、どこにというのがまとまらない。
 まだ遠出が難しいとして、普段できない紀伊半島一周を考えていたが、そこに行ってしまうと普通の土日で行くとこがなくなるよなあと思うわけで。兵庫の日本海側もまたしかり。
 では、遠くとなると、東はいつでも行けるのでやはり西。遠くでは九州。しかし、結構行っちゃってるんだよなあ。廃線も長すぎて歩きは厳しい。グルメを中心でいいのではと思ったが、盛り場は感染を避けるためにやめた方がいいな。
 妥協して東だと北陸があるけど、今は雪だろうし。旅行感が出るなら、岐阜。廃線跡なら名古屋。正直、名鉄に詳しくなってもなあ。
 きっとしっくり来ないまま出かけるんだろうな。

No.101 げんさん牧場牛本格ビーフカレー贅

 元山フードのげんさん牧場牛本格ビーフカレー贅(Pantry953円)。
 600円以降は間違いなくビーフカレーだが、さすがに1000円は引くレベル。げんさん牧場は滋賀にあり、当然近江牛なわけで。
 まあ切り落としの巨大なのが3キレ入っていた。味は充分にビーフの甘さがあった。甘すぎるからか別袋で絡みスパイスというのがついていた。唐辛子かな?入れた方がピリ辛でおいしかった。ちょっとカレーの辛さとは違うけど。
 レトルトでこのコストパフォーマンス出すのは当然厳しい。切り落とし3つにこの値段じゃとても割に合わない。

2020/12/23(水)年休「外来」

 外来は2ヶ月ぶり。10時に病院に到着。KさんとYさんが来ることはわかっていたが、二人はお互いに面識がなく、3人で話すことに。
 だいぶ知り合いがいなくなった。お互いに通院間隔が延びるから余計会わない。会わないのはいいことだけど、なんだか寂しい面もある。
 診察は特に問題なし。昨晩、わざわざすき家でドカ食いしても大丈夫だった。最近、ハードに働き、ハードに遊んでたので、体力がついたことを感じる。早く移植すればよかった、と思えるようになった。ようやく移植を乗り越えることができた気がする。
 勝利のたこ焼きといきたかったが、無慈悲な休み。代わりは王将。大阪駅ますのすしは死守。

2020/12/22(火)「年賀状」

 年賀状は買ったのに、結局書くのが遅くなった。ワードで宛名を書こうと思ったが、めんどくさくなって、最終的にオール手書き。なんのためにプリンターを買ったのかと思わなくはないが、5枚だったら手で書いた方が早いわけで。その方が気持ちがこもっていると思いたい。

2020/12/21(月)「点検」

 装置の点検の日だった。またアクセサリーのメンテナンス方法も教えてもらう予定だった。実際はアクセサリーのみならず、装置のメンテナンス方法も聞いた。一つ一つの部品に意味があり、情報量がものすごかった。頭は完全にオーバーロード。それでも、疑問が解決されてすっきりした。

2020/12/20(日)「犬山」

 7時起床。身支度をして朝食からのチェックアウト。名鉄岐阜駅は昨晩見に行った時は2階だったが、今日は1階。名古屋本線各務原線で分かれているんだな。756名鉄岐阜駅から各務原線犬山遊園駅が近づくと、遠くに犬山城が見えた。
 犬山遊園駅で下車。すぐ隣にある木曽川の鉄橋に行った。ここはもともと道路と名鉄が併用していた。名鉄は複線から単線になり、一方の道路の幅はとても狭かった。今は隣に道路橋ができて、鉄橋には名鉄の上下線が走っているが、橋の外観は昔と変わらず、重厚な作りが昔を忍ばせた。
 犬山城は1537年に建てられ、日本に現存する城の中では最古である。ここも昔から行きたかった場所であり、こないだのテレビで出てきた。木曽川に突き出した山の上に建っていた。
 彦根城みたいに行列してたらイヤだなと思っていたが、ほぼ開館と同時に入ったため混んでなかった。いかにも木造で歩く度に床がミシミシと鳴った。天守からの眺めは眼下に木曽川雄大な流れがあった。これはこれでよかったが、さすがに昨日の岐阜城には敵わなかった。
 小牧城下は、両脇に土産物屋が並ぶ昔風の通りだった。重要伝統的建造物群保存地区とは違い、ここには時代劇に出てくる町のような活気があった。
 957、犬山駅から小牧線犬山城の途中でうってつけの物件を思い出した。桃花台新交通桃花台線、人呼んでピーチライナー名鉄小牧駅桃花台東駅の7.4kmを結んでいた。1991年3月開通、2006年10月廃止。新しい路線でありながら早々と廃止に追い込まれた。大学友人Sによれば、最近取り壊しが始まったので、早く見に行った方がいいとのこと。
 小牧原駅に停まる直前で西に伸びるピーチライナーの高架が見えた。起点が小牧駅だと思っていたから、これには慌てた。とりあえず小牧駅に向かうと途中から地下に潜った。
 小牧駅には改札を出てすぐ真正面にシャッターの降りた怪しげな空間があった。外に出てみると、高速道路のような高架があった。あまりにも立派なので、本当に高速道路ではないかと思った。
 wikipediaで調べると、ループ線で車輌の方向を変えていたようなので、まずは逆方向のループ線を探した。ループ線のある方向に歩いたが、いつまでたってもループ線が出てこなかった。おかしいなと思っていると、地下から名鉄が出てきた。しまった!ループ線と逆に行ってしまった!もうとても戻る気が起こらないほど進んでいた。帰りは春日井駅に行きたかったが、小牧駅に戻ることにした。
 道中はずっと高速道路の下を歩いてる感じだった。殺風景かつ無機質でハイキングにはまったくむかない道だった。とにかく構造物がでかすぎて、これが廃線跡だとはにわか信じられなかった。ゆりかもめポートライナーを廃止したら、こんな感じになるだろう。
 途中で名鉄ピーチライナーが高速道路をアンダークロスしていた。そこに跨線橋があり、上ってみると、ピーチライナーの高架を取り壊しているところだった。遠くに少しだけ元の路盤が見えた。
 廃線跡は小牧原駅の北側で西に方向を変えて、名鉄をオーバークロスした。その後はひたすらつまらない展開。景色は面白くもなく、誰にもすれ違わず、ただ黙々と歩いた。
 東田中駅は、2階が駅舎で3階がホーム。駅舎に上がる屋根付きの階段は入り口は封鎖されていた。その次の上末駅もまったく同じ構造だった。
 桃花台西駅は構造が変わり、2階の駅舎に直接入り口がついていた。もちろん入り口はシャッターで塞がれていた。看板にうっすらと桃花台西と書いてあった。外から見えた2階のホームにはなんと屋根まで届く本格的なホームドアがあった。もったいない。
 やがて路盤は高度を下げて、少し栄えているエリアに入った。跨線橋があったので路盤を確認した。なんせほとんどが高架でなかなか路盤を見下ろす場所がなかった。路盤は複線でレールと給電機がはずされて、コンクリート剥き出しだった。路盤の先はトンネルになっていて、そこに駅があるようだった。やっと終点に着いたか。桃花台センター駅。駅前にはドンキホーテとショッピングセンターがあり、まるで彩都西駅のようだった。ループ線を探すと、路盤は地下に潜っていた。おかしいと思いwikipediaで調べると、終点はもう一駅先だった。
 進んでいくとすぐに廃線跡は地上に出てきて、再び高架となった。その先の高架が一部切り取られていた。何事?急に廃線感が増した。ほどなくして、長い下り坂になり、下りきったところに巨大なループ線があるのが見えた。疲れが吹き飛んだ。
 ループ線は、ものすごい高いところを高架でくるっとラケット状に一周していた。既に駅とは切り離されていて、廃線がより強調されるようだった。とにかく巨大な建築物だった。もうすぐ取り壊されてしまうと思うと、今回間に合ってよかったと思った。
 一方、終点の桃花台東駅跡はかなり壊されていて、かろうじて階段と柱を残していた。工事終了は3月だから、その頃には完全に失くなってしまうのだろう。
 13時、パンベル。桃花台東駅にあった唯一の飲食店。本当なら駅前の一等地だったはずなのに。名前のとおりパン屋さんでイートインがあった。店内には客はいなかった。ピザトーストと肉まんを食べると、お腹が減っていたのか両方とも激うまだった。高いお金払わなくてもおいしいものを食べられるんだな。大きな窓の外にはループ線。店内ではBGMとしてオペラ音楽が流れ、解体を待っているループ線の悲哀を表現してるようだった。ここで、春日井に行きたくて、小牧駅側のループ線の最新情報を調べたのだが、判然としなかった。仕方なく、小牧駅に戻ることにした。
 1404、小牧駅行きのバス。その名もピーチバス。前乗りで先払いだったが、なんと運転士さんにお金を渡すとお釣りをくれるシステム。バスは廃線跡から離れたりくっついたりして進んだ。すると途中でさっきの店に薬を置き忘れたことに気づいた。薬を見捨てるとこれでギリギリの数になる。降りるならまだ離れてないうちにとも思ったが、既に小牧駅までの料金は払っていた。ここで妙案が。一旦小牧駅まで行って、探索してから帰ってくればいいじゃないか。
 小牧駅に着く前にループ線があった!なぜ気づかなかったのか!バスを降りて時刻表を見ると次は5分後。ダッシュして写真を撮って、バスに戻った。1434出発。バスの中でパン屋さんに電話して薬を取りに行くことを伝えた。
 桃花台東駅に戻ったのは1504できっちり1時間後だった。もう二度と来ないだろうという場所にすぐに舞い戻るとは。二回目のパンベルで薬を受け取った。
 1535の名鉄バス春日井駅まで。この路線が最終的にピーチライナー廃線に追い込んだ。だから是非乗りたかった。小牧駅への客が2、3人だったのに対し、名鉄にはその3倍は乗っていた。そりゃ、名古屋に直接出られない小牧駅より春日井駅の方が便利だろうに。
 春日井駅は久しぶり。この駅、橋上駅舎だったっけ?地上駅だったような気がするのだが?一駅だけ乗って勝川駅で下車。
 勝川駅にもまた超香ばしい路線があった。東海交通事業城北線。乗るのは2回目。全線高架で複線なのにディーゼルの単行。エスカレーターとかエレベーターもなく、とにかくなにも手を加えてなかった。これには理由があり、元々この路線は、中央本線勝川駅東海道本線枇杷島駅11.2kmを結ぶ貨物線として計画された。国鉄末期に作りかけの線は大体無償で自治体などに払い下げられたが、この線は収益が見込めることからJR東海が引き取った。すると、国から建設費を負担しろとなった。その額は設備投資に対する割合で決められたから、JR東海はほとんど設備投資しないことを決めた。返済は2032年まで続く予定。昔よりはだいぶ近づいてきたが、果たして生きて見られるだろうか?
 城北線勝川駅はJRから500m離れていた。高架は中央本線とは繋がっておらず一旦途切れて、また始まっていた。高い高架の上に勝川駅があった。吹きっさらしのコンクリート感溢れるホームには誰もいなかった。一面一線はこの駅が仮設であるため。1656に勝川駅を出発した。意外にも4人くらい乗っていた。
 ずっと名古屋高速に沿っていた。高架なので見張らしはよかった。いつの間にか複線になっていた。まったく交換しないのにね。
 どうして黒字が見込める路線を、不便のままにしておくのか?JR東海の考えは訳がわからない。受益者としての義務を全うすべきだと思うのだが?
 枇杷島からは隣の名古屋駅へ。
 1745、地下街の山本屋本店。いつも行列しているひつまぶし屋は普通に入れそうだったが、さすがに昨日の今日だからパス。味噌煮込みうどんは名古屋コーチン入りで1000円アップ、麺大盛で400円アップ。相変わらず笑っちゃうくらい高い。2800円、これうどんの値段じゃねえよ。
 レジで地下街のスクラッチくじを2枚もらった。擦ると1枚が500円当たっていた。同じく地下街にある土産屋の方の山本屋本店で、生麺を買った。割引後40円だった。レトルトの名古屋コーチンも薦められたけど、断った。店を離れてすぐにスクラッチをもらった方のレジで土産物屋の100円割引券ももらってることに気づいた。土産物屋に戻って名古屋コーチンも買っておいた。なんか結局山本屋にやられてるような気がするぞ?
 1832、のぞみで帰った。家には20時過ぎに到着。
 直前に決めた旅行にしてはものすごく充実してた。後先考えず、行きたいところをてんこ盛りにしたのがよかったみたい。岐阜市近辺には気になる廃線跡がたくさんあり、いずれ回ることになるだろう。名古屋もまた多彩。ピーチライナー城北線は筆頭格だが、その他にもまだまだ香ばしいのが残っている。どこまで迫れるか?