「三体」は中国の劉慈欣のSF小説で、アジア人初のヒューゴー賞を受賞したことで話題となった。中国人がどんな感じの本を書くのか知らないのにさらにSFとは?全3巻のうち2巻と3巻が上下に分かれていた。ボリュームとしては「指輪物語」くらいあった。試しに1巻だけ買って読んでみた。面白かったので残りも買って全巻を読んだ。
(この先ネタバレ注意)
1巻の最初は文化大革命の悲惨な描写からだった。当初の予測では、中国は社会主義国だからなんでも書いてもいいというわけではないだろうと思っていたが、結構自由に描けるんだなということが印象付けられた。わざわざ負の歴史から始めるのは読者の警戒心を解くためか、それとも文革の歴史認識が確定してしまってるのか?
その後、「三体」というどこにゲーム性があるのかわからない意味不明なゲームが出てきた。これがどこを目指してるのかはまったくわからなかったが、「三体」というミステリアスなタイトルの意味が英語で「Three Body Problem」であり、三体問題の「三体」だということがわかった。
その後は話がなかなか進まずどこが面白いんだろうという感じだったのだが、著者の科学的知識にはただひたすら圧倒された。この人は夏目漱石や芥川龍之介のような博覧強記の人だった。中国ほどの人口がいたら、とんでもない天才っているんだなと思い知らされた。この頃になると、中国の人でもアメリカと変わらないくらいの情報が入手できて、こういうSFを描くことができると同時に一般にも商業作品として受け入れられるんだなということがわかってきた。
全体のノリはどこか伊藤計劃「虐殺器官」を彷彿とさせた。「虐殺器官」を地味にしてゆっくりさせたような感じか(イメージです)。話はまるで「宇宙戦艦ヤマト」の逆バージョンだった。
2巻の導入部は、新しい人物が出てきて迷子になりそうだった。そのうちSF要素が濃くなってきて、1巻になかったミステリー要素や政治や社会的な話題を挟んできた。こういうのにも造形が深いんだぞと見せつけられてるようだった。いろんな国の出身の人物が出てきて、世界販売戦略を最初から意図してかどうかわからないが、それぞれの国の人はおっと思う仕掛けがあった。またチョコチョコSFの名作が出てきたりしてニヤッとした。
話としては、星間戦争の様相となった。「ガンダム」のコロニーのようなものが出てきた。また「ドラえもん」で描かれたような未来都市が出てきたが、正直この部分は想像が難しく読みづらかった。もっとも興味を惹かれたのは、理想の場所で理想の彼女と理想の暮らしをする箇所だった。ここは誰もが憧れる部分だろう。展開もゆっくりして甘い感じが出ていた。これも作者の力量を示していた。
3巻は完全にSFとなった。これでもかっと言わんばかりにSFぽくなった。それまではSFぽい描写が出てきてもわからないなりになんとなく落ち着くところがあったのだが、3巻の場合は場面展開が早すぎて途中からまったくついていけなくなった。次元を越えるような展開を何度もされてスケールがどんどんデカくなっていった。スピード感を出して畳みかけたかったのだろうけど、それが完全に仇となって完璧に振り落とされた。最後は訳のわからないままに終わった。
ストーリーに後付け感はなくて、プロットもよく練られていた。特に場面展開における緩急の使い方がうまかった。翻訳も気合が入っていて、まるで日本人が描いたように違和感なく読めた。現時点でのSF最高到達点のような作品。なんなら中国の国を挙げてのプロパガンダではないかと思うくらい。他のSFのことは知らないので、どこが作者オリジナルなのかはわからなかったが、きっとこれはSFのあらゆる手法を盛り込んでるんだろなあということは想像できた。これ一冊読めば、他のSFは要らないのかもしれない。それでもこれを越えようとするものが出てくるのが歴史の常だ。生きてる間にまたそういう作品が出てくることを期待する。