びーの独り言

どこいくの?どっか。

2022/09/24(土)「小野」

 715に起床。久しぶりにゆっくりと寝た。7時半に朝食。ここの朝食を楽しみにしていた。朝食を頼むと出発が遅くなるが、今日は奈良市内だから問題なかった。
 しかし、よくよく調べてみると、目的としていた奈良国立博物館の特別展はやってなくて(計画が杜撰過ぎるw)、奈良市内も不退寺以外には行き尽くしている上に東大寺興福寺も2ヶ月前に行ったばかりであった。福智院だけが心残りだったけど、行って何をする?きれいな思い出を上書きする必要はないだろう。
 では、今晩の宿である京都市内はどうだろうか?前に不発に終わった相国寺やまだ回ってない岩倉や西山、上賀茂下鴨神社が考えられた。しかし、そこまでの強い動機はなかった。
 今一番気になっているのは兵庫県小野市にある浄土寺だった。今までは遠いし抱き合わせもできないのでスルーしていた。しかし、主要なところを行き尽くしてしまい、いよいよ一番行きたいところになっていた。快慶作で鎌倉か。一抹の不安はあったが、一念発起して行くことにした。こうして奈良に泊まって朝食を頼んだのは悪手となったしかも、わざわざ大阪から来たのに。
 903、近鉄奈良駅から快速急行に乗って、神戸三宮駅で乗り換えて、新開地駅。新開地駅から神戸電鉄に乗り換え。いつも思うが、神戸電鉄乗り場はレトロ感がたっぷり。
 神戸電鉄小野駅まで。途中、菊水山駅跡のホームを観賞し、山登りをする電車を楽しんだ。鈴蘭台駅からは粟生線に入り、鈴蘭台西口駅西鈴蘭台駅というややこしい並びを通り抜た。車内は廃止を議論してる割には座席が埋まりそうな感じで、なぜこれでそのような議論となるのかわからなかった。小野駅で自動改札を通れるかと心配したが(近鉄、大阪高速、阪神神戸高速神戸電鉄)、何事もなく通過できた。これで1780円は安いと思った。
 小野駅からのバスを探したら1時間待ちだった。地図では4km。歩くには遠かった。ここで昼飯を食べればちょうどいいと思えたが、すぐ近くにご飯屋はなかった。もっとちゃんと探せばよかったが、なぜかタクシーに乗りたくなって。向こうにもご飯屋がありそうだし。
 タクシーに乗ると、目的地までまっすぐのはずなのにやたらと曲がった。遠回りしてるのでは?メーターも上がる上がる。これはホラーだった。途中からはメーターを見ることができなかった。浄土寺の駐車場に着いた時、1700円を示していたのに、わざわざ寺の前まで行って80円上げた。タクシーで1780円。近鉄奈良駅から小野駅までと奇しくも同じ金額。「そこに名刺あるでしょ。帰りも呼んでくださいね」、誰が呼ぶか!
 1220、浄土寺。朱色が落ちかけたお堂があった。これは国宝だった。拝観は昼休みで、13時から再開となっていた。がーーーん!!!タクシーに乗ったばかりに大惨事となった。
 1240、隣にあった喫茶店「きらら」。ランチを注文。店の雰囲気はよかったが、お姉さんの愛想が最悪だった。愛想を求める日本の文化に問題があるとは思うが。ランチの見た目はよかったけど、薄味でおいしいとは言えなかった。。
 13時、拝観。お堂に入ると、ここまでのgdgdがすべて吹き飛んだ。真ん中に巨大な阿弥陀如来立像、両脇に勢至菩薩立像、観音菩薩立像。写真で見るよりも大迫力で美しかった。高さは5mで丈六の立像は珍しかった。いずれもいい具合に金箔が剥がれていた。仏像は重源が宗の絵を参考にデザインしたものとのこと。どれも爪が長くて、両脇侍の冠には化仏があった。これでお顔がもう少しハンサムだったら、日本を代表する仏像となっただろう。
 三体の仏像もさることながら、お堂も素晴らしかった。初めから三体の仏像を納めるための設計となっており、建物と仏像が渾然一体となっていた。仏像の後方には蔀戸があり、そこからの光が仏像から後光が射してるように見えると言う。西日の時間が一番映えると言われているが、早い時間でも充分美しかった。
 昨日のいまいちさも、今日の苦闘も、最近の仕事のつまらなさも、すべてが吹き飛んで、心の中は極楽となっていた。
 次のバスの時間まで90分あったので、仏像の前で45分粘ったが、団体が来たので退出した。また「きらら」に行って無愛想なお姉さんと再会。でも、すっかり満足していた。
 14時半過ぎにバスが来た。小野駅1515発で新開地駅乗り換え、阪急の神戸三宮駅で降りて、JRに乗り換え。京都駅下車。歩いて東横インの五条烏丸へ。18時半、チェックイン。
 今日は凡ミス続きで浄土寺しか行けなかったけど、大当たりでよかった。久々の電車旅は車に比べたら楽チンでとても贅沢だった。車でパッと行ってしまうのはどこかイージー過ぎて味気ないけど、電車でのんびり行くのはワクワク感を長く楽しめる。車がない時にはずっと車に憧れていたけど、実は電車の方がよかったのかもしれない。