びーの独り言

どこいくの?どっか。

2021/06/05(土)「西成」

 10時半過ぎに出発した。天気は曇っていて、雨が降っても不思議ではなかった。
 今日は南海天王寺支線跡から南海平野線跡を探索するつもりだった。まず阪神で梅田に寄り道。スナックパークでいか焼きを買い、JR大阪駅ますのすしを買ったw。
 JRで天王寺に移動。先週、南海天王寺支線のホーム跡を確認していた。ホーム跡はJR天王寺駅のホームと同じ並びで一番南側にあった。怪しげなスペースが空いていた。
 南海天王寺支線は天王寺から南海天下茶屋駅を結んでいた。昔は大阪駅まで直通していたが、新今宮駅国鉄と連絡してからは天王寺支線の客足は遠のいた。1984年に南海天下茶屋駅から途中の阪堺今池駅までが廃止になった。地下鉄堺筋線が動物園前から南海天下茶屋駅まで延伸されて、1993年に南海天王寺支線は廃止された。大学の頃はかろうじて走っていたようだが、天王寺には用事がなかったので見たことはなかった。
 天王寺駅の東口を出ると、天王寺駅のホームは半地下にあることがわかった。西に歩くと左側に道路を挟んで近鉄阿倍野橋駅があった。見上げると、あべのハルカス 。茨木の病院からもよく見えたものだ。さて、ペデストリアンデッキに上がると、JRの線路とビル並びの後ろに廃線跡が見えた。舗装されていたが、車が通っている気配はなかった。そのまま進んで地上に降りると、廃線跡はビル並びの後ろに隠れてしまった。ビル沿いを歩くとビルが途切れて駐車場があったので、そこから廃線跡を眺めると、西の方で廃線跡が途切れていた。おそらく南にカーブしていると思われた。
 南の道路を渡ったところには不自然なフェンスで囲まれた空き地があった。すぐに廃線跡だとわかった。廃線跡に沿うように歩こうとすると、昭和の香りのするボロボロの木造家屋が並んでいた。明らかに周りの空気が変わった。どんよりしてピリピリしていた。廃線跡はフェンスに囲まれたまま公園になり、薄汚い髪型がぼさぼさのおっちゃんたちがあちこちで座って、ワンカップ片手に何かを食べたりしてた。1人2人ではなく、そこらじゅうにいた。私は恐怖を覚えた。明らかにこの人たちとは違う格好をしてカメラを撮っている。因縁をつけられても仕方がないところ。とても公園の中に入ることができなかった。
 公園の終わりは商店街の中に出た。動物園前商店街となっていた。動物園と言うファミリー向けのほのぼのとしたイメージをまったく感じさせない昭和30年代のまま時が止まったような埃にまみれた汚い場所だった。歩いてる人は皆一様に髪型がぼさぼさでふらふらしており、中には何かをぶつぶつ呟いている人もいた。中川家礼二の物真似する通天閣の歯が1本しかないおっさんのイメージそのものだった。コロナのことを思うと急に死の恐怖に襲われた。ここはヤバすぎる。私は廃線跡を放り出して商店街から逃げ出した。
 商店街の先は阪堺今池駅になっていた。私はもはや完全に心を折られていた。まるで外国に来たかのようなカルチャーショックだった。いや、日本語がわかるだけに明らかに怖かった。杭瀬のスラム街なんか比べ物にならなかった。歌舞伎町だってこんなに怖くはなかった。こんなに怖いと思ったのは初めてだった。日本には踏み入れてはいけない場所があることを知った。Youtube廃線跡を紹介する人は、廃線跡よりもここがどれだけ怖いところか説明すべきだと思う。
 天王寺支線は阪堺今池駅から南海天下茶屋駅まで続いたはずだが、探索は南海平野線にバトンタッチした。もう本当にどうでもよかったが、たまたま今池駅から南海平野線が出ていて、その跡がくっきりと残っていた。廃線跡に建てられた不自然に斜めになったマンションや、フェンスで囲まれた空き地。でも、もはやまったく心を打たれなかった。その後、廃線跡阪神高速の下となった。南海平野線はこの後ずっと阪神高速に沿っていることはわかっていたが、これ以上気持ちを立て直すことができずここで探索を止めた。阪堺上町線とダイヤモンドクロスしていたはずの阿倍野駅の交差点で、廃線跡から離れて進路を北に取り、天王寺駅を目指した。
 この辺りになるとおしゃれなお姉さんとが歩いていてターミナル駅の賑やかさが戻っていた。危険地帯を脱出したことを実感した。商業ビルの前のベンチに座り、いか焼きを食べた。人通りが多かったが、そんなことはまったく気にならなかった。
 JR天王寺駅から京橋乗り換えで尼崎まで帰った。帰宅したのは15時前だった。でも、これで正解だと思った。
 一体どこを歩いたのか調べてみると、あの有名な西成のあいりん地区だった。歩きながらそんな予感がしていたが、やっぱりそうだった。外国人向けの宿泊施設が増えて雰囲気が変わったと言うが、一体どの辺が変わったのか?
 もし、コロナにかかっていたら、もうすぐ死ぬし、そうなったらリアルにスティーブ・ジョブズの「明日死ぬなら何する?」状態である。今日は本当に命の危険を感じた。骨髄移植した時でさえここまでは思わなかった。旅は危険がつきまとうものだが、今日のは明らかにやり過ぎた。大阪には行かない方がいいと思っていたのに、先週の探索で調子に乗ってしまった。できることならば金曜日に巻き戻したいくらいだ。これで死んだら犬死にだ。人生かけて壮大なギャグになってしまう。もう悪いことはしないので、許してください。゚(゚´Д`゚)゚。