びーの独り言

どこいくの?どっか。

2017/09/20(水)半休「血液」

 午後から休んで病院に行った。先生の薦めで移植チームの話を聞くためだった。事前に身構えたりとかそういうのはなかった。特に何にも考えてなかった。
 呼ばれたのは約束から1時間遅れた15時半だった。背の低い日焼けしたがっしりとした先生だった。何を話すのかと思っていたら、今まで何回も聞いていた話の繰り返しだった。またこの話かと思っていたら、会話をしてるうちにどんどんシリアスになってきた。「弟さんと型が合わない場合は骨髄バンクに登録して早くて6月くらいに移植ですね。型が合うなら、3月か4月ですね」と言われてギョッとした。まさか日程を提示されるなんて思ってもなかったし、そんなに早いのかと。「次の診察の12月までに考えておいてください」と言われ、正直に「もう少し先だと思ってたので動揺してます」と伝えると、「やるなら早い方がいいですからね。このままだと50歳までもつかどうか」、そんだけしかもたないのか。私は私を見つめる先生から目をそらし、左上の虚空を見つめ何も言えなくなってしまった。いつの間にか私は追い詰められていた。先生は直接的なことは言わないが私を説得するために今回話をしているように見えた。おそらくこれは必要な儀式なんだろう。最後に「この病気になった人は皆さん悩まれるのですが、結局後悔しないかどうかが決め手になるようです」。これがトドメの台詞なのかもしれないなと思った。診察室を出たときには16時半だった。頭の中はぐちゃぐちゃではあったが、微かにスッキリしている部分もあった。
 商店街のたこ焼き屋に行ったが、まさか高校の頃に通った思い出のたこ焼き屋で移植について考えなきゃいけないとは夢にも思わなかった。なぜかたこ焼きはいつもよりおいしい気がした。あと何回食べられるのだろうか。
 父親に弟の唾液を駅まで持ってきてもらう予定だったが、実家に行って今日の話をすることにした。まず弟の唾液は月曜日に持っていくこと、結果は2週間くらいで出て先生から連絡があること、12月の診察では移植するかどうかある程度答えを持っておくこと、移植は来年になりそうなこと、入院は3〜4週間でその後毎週通院すること、3年何にもなかったらもう大丈夫だということ、などを話した。それから先生はいつでも家族に説明すると言ってくれているが、前回みたいな恥ずかしい態度を取るならもう病院には連れていかないということも言っておいた。先生への顔合わせは私の話にウソはないという意味でセッティングしたが、それ以上の理解は求めるつもりはなかった。いろいろごちゃごちゃ言われたが、半沢直樹ばりに論破した。老人への配慮が足りないのかもしれないが、ストレスを溜めてまで付き合う気はない。帰り道は移植よりも親に対するイライラで頭がいっぱいだった。
 とりあえず来年までに残された時間で思い残すことのないように過ごさないといけないね。