びーの独り言

どこいくの?どっか。

2016/08/18(木)年休「福井」

 目覚ましで起きたのは9時だった。こんなにぐっすり寝たのは久しぶりだった。風呂で汚れを洗い流し、10時にチェックアウト。
 ミープルは休みだった。どこに行こうか考えた。でも、考えはまとまらなかった。とりあえずは気になっている福井に行くことにした。思いきって久しぶりに18きっぷを買った。
 四条大宮四条烏丸―京都―近江舞子敦賀―武生・・・越前武生―(福井)―田原町―(福井鉄道)―福井―新田塚―福井―敦賀―京都。
 まずは湖西線に乗った。湖西線と言えば、子供の頃はずっと謎の存在で、唯一遠足で西大津で降りたことがあるくらいだった。滋賀に住んだとき、電車ではなく車でドライブした。風光明媚で自然の残る場所だと思った。乗り潰しを始めたとき、全線高架の湖西線から見下ろす景色は素晴らしかった。日が照っていて遠くには琵琶湖が輝いて見えた。今日で何度目か覚えてないが、今日もまた記憶以上の景色を見せてくれた。なんでいつも晴れているのだろうか?毎回そういうわけじゃないと思う。何か共感できるものがあるのではないか?早速旅をしている実感が湧いてきた。
 マキノという駅名を見て、昔は片仮名の市町村として有名だったことを思い出した。子供心にも片仮名の地名はインパクトがあった。小学生の頃、マキノのスキー場への遠足が企画された。しかし、大雪のため観光バスが先に進めず、目的地が琵琶湖バレーに変更になった。子供の間からスキーができなくなったことに不満が出た。すると怖かった女性の先生が「先生の苦労をわかってない」と本気で怒った。今考えれば、なんて横暴な発言だったかと思う。計画を立てたのは先生であり、生徒にまったく責任はないのだから。だからか知らないが、その後有志でマキノへの遠出が企画された。それが初めてのスキー体験になった。因みに未だに琵琶湖バレーがどこなのかわからない。そしてなぜか調べようとも思わない。
 敦賀駅では乗り換え時間が少なくて改札の鯖寿司を買いにダッシュした記憶があった。他にはもんじゅ見学で泊まったこともあった。そういえば、あの時はスーツで大原に紅葉を見に行って、おそらく湖西線敦賀に行ったのではなかろうか?今回は乗り換え時間に余裕があった。改札への地下通路はそのままだったが、駅舎や駅前は改装されおり記憶とは異なっていた。福井ではなく敦賀観光でもいいんじゃないかと思ったが、それは18きっぷ的にいけてないので諦めた。目的の鯖寿司は弁当で買うと美味しさが落ちるのを知っていた。電車で食べるとやっぱりそんな感じで残念だった。これもまた旅である。
 敦賀からの電車はいきなり北陸トンネルに入った。これでもかというくらい長かった。wikiによれば、隣の駅までは16kmあり、JR西日本管内では最長とのことだった。いつもこのトンネルがどこにあるか忘れるんだよなあ。
 武生駅で下車して福井鉄道へ。今回福井鉄道を選んだのは福井駅の位置がJR側に近くなったから。越前武生駅まで軽く歩くのは知っていた。アルプラザを回り込むと、ノスタルジックな駅舎が現れた。大丈夫かなと思うくらい年期が入っていた。いつか忘れたが、経営が苦しいというのを聞いたことがあった。自動券売機で終点の田原町まで買って思い出した。田原町駅えちぜん鉄道に乗り入れるようになったんだ。ホームに行こうとしたら改札の女性に止められた。ここ改札やってたんか!先に急行があったが、福井駅に寄らないのでパスして、次の普通に乗ろうとした。すると改札の女性が追っかけてきて「田原町だと次の急行の方が早いですよ」と言われた。私は「福井駅に行きたいんです」と言った。多分通じなかったかな?
 福井鉄道は予想以上にうらぶれていた。もしかすると冬場の雪の影響で薄汚れたように見えたのかもしれない。路面電車にありがちな古い車両だった。路面電車はメンテが楽なのか古いのでもよく走っている。右へ左へギシギシと揺れた。こんなに揺れたのは珍しい。次から次へと停留所に着いたが、お客さんはあまりいなかった。確かにヤバいかもしれないと思った。
 福井駅に行くために交差点をスイッチバックした。そんなことはすっかり忘れていた。福井駅の手前で一旦停止した。右手に商店街のアーケード入り口が見えた。前の駅はここだったような気がした。新線は福井駅手前で左に90度曲がり、真新しい停留所に入った。まるでバス乗り場のようだった。周りも再開発されてすっかり新しくなっていた。
 電車は再び本線に戻り、終点の田原町に近づいた。すると前方の道に踏み切りが現れた。おそらくえちぜん鉄道。電車は左に90度曲がり田原町駅に入線した。以前は木造のような古い駅舎だったのに全面的に立て替えられておしゃれになっていた。前に初めて来たときは、相互乗り入れすればいいのにと思ったが、まさに本当にするとは?ただ片乗り入れで途中の駅までしか行っておらず、さらに1時間に1本のようだった。なぜ?
 一旦福井駅に戻ったのは16時前だった。福井に泊まりたかったが、東横インは予約できなかった。観光案内所で親切なお姉さんに「今日は平日だから空いてますよ」と言われたが、私はそうは思ってなかった。おそらく寝カフェかなと思っていた。
 福井に来たのはもう一つ理由があり、えちぜん鉄道福井駅北陸新幹線の高架を間借りしているのを見たかった。駅はローカル線に似つかわしくないコンクリートむき出しの真新しい高架になっていた。思ってたより付け替えの規模がでかくて驚いた。元の駅の姿を思い出そうとしたが、ついに思い出すことができなかった。
 電車に乗ると思った以上に揺れた。福井の電車はどれも揺れるらしい。先ほどの田原町を過ぎて、相互乗り入れ区間に入った。車両の高さが違うのではないかと思ったら、次の福大前西福井駅を見て驚いた。福井鉄道用に低床用のホーム増設していた。なんという力業。これは正直どうかと思った。改装費が結構かかりそうだし、1時間に1本だしなあ。もしかして思ったより需要あるのかなあ?
 適当に新田塚という駅で降りた。小さな駅で女性の職員さんが改札業務をしていた。もしかするとあんまり無人化してないのかもしれない。折り返しの電車にはアテンダントさんが乗っていた。これは嬉しかった。えちぜん鉄道の前身の京福は立て続けに正面衝突事故を起こして、2年ほど事業廃止していた。しかし、鉄道の廃止は冬季の通勤通学に大きな混乱をまきおこし、えちぜん鉄道として再出発することになった。そのときに大活躍したのが当時珍しかったアテンダントさんの乗車だった。まだアテンダントさんが活躍してて嬉しかった。いい制度だと思う。
 福井駅に戻りホテルを探したが、うまくいかなかった。仕方なく楽しみにしていたソースカツ丼の店を探した。すぐに「小川家」が見つかった。客は誰もいなかった。白米の上に豚カツが乗っていて、ソースがかかっていた。キャベツは入っていなかった。わざわざ丼にしなくてもいいのでは?いかにもB級グルメだった。
 寝カフェを探すのは止めて、京都に戻ることにした。21時半前、久しぶりに八条口の寝カフェにした。ここは手足を伸ばせるのが嬉しかった。なぜか「グラゼニ」にはまってしまい、4時を過ぎてしまった。今日はとても充実した一日だった。まだまだ行ってみたい場所がたくさんあることを気づくことができた。ちょっとミープルに長居しすぎたなあ。