びーの独り言

どこいくの?どっか。

2013/10/19(土)「川越」

 Yさんとヒロシと川越に遊びに行った。Yさんと遊びに行くのは初めて。まさかこういう展開になるとは?よくわからなかったけど、Yさんは川越に行きたかったようで。私は川越にはあまり興味はなかったが、Yさんと行くのが面白そうだったので。2人だとアレなので、ヒロシを誘うことに。
 昨晩はネカフェに泊まった。完全に二日酔いだったが、昨日は仕方がない。豊洲の先頭車両で待ち合わせた。川越へは有楽町線で一本。でも、小竹向原和光市で乗り換えたり。川越駅のトイレには行列ができていた。想像より人が多いと思ったら、偶然にも川越まつりだった。
 川越駅からはクレアモールという商店街を歩いた。車2台がやっと通れそうな狭い道の両側には、ところ狭しと店が並んでいた。店の前では即席販売が始まっていて、お祭りムードに花を添えていた。1kmほど歩くと、山車があった。歩いてる人たちは着物を着て、首からは手拭いをかけていた。手拭いの右には「新富町」、左には「徳川家光」と書かれていた。山車のてっぺんには人形が。あれが家光だろう。なぜ家光かはよくわからず。山車の二階部分にはお面を被った人が乗っていて、笛、太鼓、鉦のリズムに合わせて踊っていた。
 一本左の道に出ると、西武本川越駅から続く大きな道になった。この道をまっすぐ歩くと、蔵がある通りに出る。祭りのおかげで歩行者天国になっていた。すぐに山車がいた。連雀町という町の太田道灌。よくわからないが、町ごとにキャラが決まっているようだ。
 まずお腹が減っていたので、川越のB級グルメ太麺やきそばを食べた。蓮馨寺の前にある「まことや」。出店になっていて、側にあったテーブルに座って食べた。太麺だけど、麺にも味がついており、ソースの酸味がさわやかだった。
 先に進むと川越名物の蔵が見えてきた。川越の蔵は重厚な造りで、全国的にもなかなか珍しい感じ。道は人でごった返していた。まるで江戸時代に戻ったみたい。川越を観光でPRしている理由がわかったような気がした。
 川越で一番有名なのは時の鐘だった。木造の見晴らし台の上に鐘。確かにインパクトは充分。偶然にやってきたボランティアのガイドさんが「今はコンピューターで制御しています」と説明していた。
 「蔵造り資料館」に入った。住居の2階に上がり、畳敷きの6畳くらいの部屋で、3人で座りこんだ。畳はかなり擦りきれていた。しばらくだべっていると、ゴーンという音が聞こえた。時の鐘が12時を告げていた。川越は火事が多かったので、蔵が発達したようだ。別に火事はどこでもあったと思うが?川越は新河岸川の水運で栄えた。それはありそうな話だと思った。
 次は菓子屋横丁に行った。狭い道の両側に古い家が並び、お菓子を売っていた。嵐山みたいな感じだったが、観光地ぽさはそんなではなく。なぜかものすごい人だった。
 「川越まつり会館」に行った。祭りの施設があるくらい有名なのだろうか?しかも、今日は外でリアルに祭りをやってたり。ふいに係のおじさんと話す機会があり、いろいろ教えてもらえた。水運で栄えた町には蔵があり祭りがあるとのこと。栃木と佐原、どっちも行ったことねえ(汗)。
 札の辻交差点には山車がいた。この山車は牛若丸をフューチャーしていた。何の関係があるんだ?その前を氷川神社からの行列が通り過ぎて行った。神輿、巫女、馬に乗った宮司など。一体どこへ向かっているのだろう?隣の交差点でコロッケを買っていたら、同じ行列が回ってきた。交差点には桟敷席が用意されていた。行列はここで止まり、14時から何かのイベントが行われるようだった。イベントを待ってたら、コロッケの袋からソースの混じった油がポタポタと落ちて、靴の上に(><)。
 川越城中ノ門堀跡に行った。どこでもそうだけど、堀はほとんどが埋められていて、原形をとどめていない。一部が窪地で残ってるのを見ても、ふーんって感じだった。木製の門を建てたり、狭間のある白壁を造ってもねえ。
 川越城本丸御殿に行った。どうやら川越城には元々天守閣はなかったみたいで。歴史の展示がなく、もの足りなかった。
 市立博物館に行った。頑張ってるんだけど、断片的で淡白すぎ。そもそもなぜ川越が発展したのか?どういうポジションだったのか?火事イコール蔵だけでは納得いかなかった。
 市立美術館に行った。橋本雅邦という日本画家の作品が展示されており、濃淡の使い方が印象的だった。水墨画の満月がいい感じだった。
 美術館を出たのは16時頃で、雨が降り始めていた。歩いてきた道を引き返した。途中、時の鐘で3人で記念撮影。また「芋恋」という饅頭を食べた。山車はビニールを被っていた。提灯には明かりが。クレアモールにはものすごい人がいて、なかなか前に進むことができなかった。
 池袋で降りて「天狗」に行った。最後に重い話もした。昨日といい、今日といい、連発でそういうのを聞くのも何か因縁めいたものを感じる。辛いことや悲しいことに耐えて、人を励ます人がいる。本当の強さとは、落ち込んだり泣くことではない。私にもまだやれることがあるはずだ。