びーの独り言

どこいくの?どっか。

2009/01/01(木)祝「旅行⑥」

 昨日は下品に乗りつぶしたが、今日もまた同じだった。徳山−西岩国−錦町−岩国−横川−可部−広島−三原−福山−神辺−総社−(吉備線)−岡山−倉敷。
 岩徳線はその名のとおり徳山と岩国を結んでいる。海沿いの山陽本線ができるまでは、こちらが山陽本線を名乗っていた。海沿いの方が海がきれいなのに対して、こちらは面白みのない山中だった。岩国まで行くと次の電車に乗り継げないので、一つ手前の西岩国で下車。この駅も昔は岩国駅を名乗っており、駅舎が有名だった。実際に見た感想は思ったよりこじんまりとして迫力がなかった。
 岩徳線の川西駅から分岐するのが、錦川鉄道である。国鉄時代は岩日線といい、岩国と山口線の日原を結ぶ計画だった。しかし、線路は錦町の先に伸びることはなかった。一部路盤は完成してたようで、休日になればバスが運行されてるが、さすがに正月だから無理だろう。この鉄道は渓流沿いを走るのが売りであり、渓谷好きな私はかなり期待していた。まず、新しい車両が1両。客はたった3人。西岩国と川西の間の橋からは昨年に行った岩国城が見えた。あのとき岩国城から見えた線路は岩徳線だったわけだ。川西を過ぎて分岐すると、御庄駅に着いた。この駅は新幹線の新岩国駅と接続しているが、駅名は御庄のままである。新幹線へのアクセスが第三セクターではかっこ悪いということだろうか。そのうちに電車は川沿いを走り出した。眺めを売りにするだけあって、ずっと絶景だった。飯田線ほどではないが、わたらせ渓谷鉄道よりは上だろう。その反面、人家がほとんどなかった。この鉄道の未来が心配である。終点の手前でトンネルに入り、抜けたところが錦町だった。錦町になるといきなり町が出現した。なぜこんなとこが開けてるのかわからない。そして、昨日の山口線のように雪が舞っていて、山間の町に幻想的な雰囲気を演出していた。なんとなくいいものを見た気分になった。帰りの電車は10人くらい乗っていた。よく考えれば、元旦の朝から錦町に行くよりは、岩国に行く方が自然だろう。
 可部線は昔、三段峡駅まで延びていたが、10年くらい前に可部駅までに縮小された。私が呉に住んでたあたりで部分廃止になったと思う。地図を見てると相当山奥まで延びていたので、あのとき乗っておかなかったことが悔やまれる。さて、電車は2両で客は多かった。話には聞いていたが、完全に都市近郊路線になっていた。単線なのに1時間3本くらいの設定があり、駅に着くたびに交換しまくっていた。なんの風情もない路線だった。
 正午過ぎて広島駅で甘栗を買ったらお姉さんが「ちょっと多めに入れておきます。正月ですしね。」と嬉しいことを言ってくれた。こんな単純なことでずいぶん気分がよくなるんだなあ。今年はいいことがあるような気がする。
 神辺から井原鉄道に乗った。国鉄時代の未成線を地元自治体などが引きついだ数少ない例の一つ。今年で10周年らしい。最近できただけあって路盤はほとんど高架であり、スピードが出せそうな感じだった。1両の電車にはたくさんの人が乗っていた。私は以前からこの地方に何があるのか気になっていたが、瓦葺の一軒家が多く、山の間に田んぼが広がっていた。隠れた里といった印象。伯備線との接続駅でもある清音駅は、私のおばさんが住んでいて、訪れるのは実に20年以上ぶりだった。当時は田んぼばかりだったが、今は一軒家ばかりになっていた。岡山のベッドタウンになってるのかな。
 総社から吉備線に乗った。2両で客は結構乗っていた。岡山に接続するのにワンマン運転なのか?予想はしていたが、田んぼに囲まれたのんびりした路線だった。途中で初詣客に巻き込まれ大混雑。運転席での料金徴収を諦め、無人駅に置いてある回収箱に入れるように放送があった。
 宿泊は倉敷の「東横イン」。倉敷には母の実家があり馴染み深い。でも、いつも倉敷というより水島だったので、倉敷の白壁とかを知らなかった。したがって、今回走るコースは美観地区。甘くみていたが、すごかった。にわか観光地と違い、ここのは気合が入っていた。お堀沿いに白壁の蔵が立ち並び本物感を漂わせていた。夜でもライトアップされてほんときれいで感動した。ちらほらと観光客がいる中で半そで短パンで走ってるのはとても恥ずかしかったりw。